幸せになるために
「都内ったって23区内じゃないし、家賃相場はこの辺とそんなには開きは無いハズだぜ。それに、徒歩か自転車で通える距離にすれば通勤費はかからなくなる訳だし、何しろ自分の体が楽だろ?トータルで考えたら断然そっちの方が良いって。で、休みの日にちょこちょここっちに帰って来ればホームシックになる事もないだろうし」


自宅敷地内に職場がある兄ちゃんのその言葉にはとても説得力があった。

そして、実際都内に住んでいる友人数人にアンケートを取った結果、オレの職場がある辺りは治安が良くて、家賃もそれほど高くないからオススメだという言葉をもらい、それに後押しされ、照準を地元から都内に切り替える決心がついた。

最初からもっと広い視野を持って行動していれば良かったんだよな。

かなりの時間のロスになってしまった。

しかし、過ぎ去った事をいつまでもくよくよと考えていても仕方がないので、すぐに気持ちを切り替え、ネットで自分の希望のエリアの物件を多く管理している不動産屋を見つけ出し、そして仕事が休みの今日、相談にやって来た。

そしてあれこれ希望を述べた後に、男性スタッフ……鈴木さんから「お客様が提示された条件に沿う物で、こんなお部屋があるのですが…」と家賃4万円の所を紹介されたという訳だ。

つーか、にわかには信じられないんだけど。


「実は…。こちら、ワケあり物件になっておりまして…」


別に聞かれて困るような人物は他にはいないだろうに、鈴木さんは突然声をひそめて語りだした。


「15年ほど前、このアパートの103号室…つまり、今ご紹介させていただいている部屋で、5才の男の子がテーブルの角に頭を強打して亡くなる、という、とても不幸な事故が起きているのです」

「え…」

「男の子の家族はその事故をきっかけに賃貸契約を解消しましたので、103号室には新たな住人を迎い入れる事になったのですが、その際、大家さんと相談し、それまでよりも大幅に家賃を下げる事にいたしました。さらに、当時そのアパートは築1年数ヶ月ほどで、特別傷んだりはしていなかったのですが、床や壁紙の張り替えなども行ったのです」

「そ、そうだったんですか…」


あまりの衝撃に思わずどもってしまったけれど、気になる点があったので頑張って言葉を続けた。
< 7 / 225 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop