幸せになるために
「えっと…。出て行ったのは事故のあった部屋の人だけですか?他の住人の方達はそのまま留まったんでしょうか?」

「ええ。103号室ほどの振り幅はありませんが、他のお部屋も一律値下げいたしましたので。この辺はやはり何かと便利な場所ですからね。しかも、先ほども述べましたが築年数もまだ浅かったですし。また一から部屋探しをするのは面倒だし、家賃を下げてくれるのならば、まぁ残っても良いだろうと考えて下さったようです」

「なるほど…」

「それに、人間はいつかは必ず天に召される時が来ます。どこに住んでいても、誰かの死と直面する可能性はあるのです。その都度別の場所に引っ越しをしていたのでは、生活していく上で支障が出てしまいますからね」

「確かに、そうですよね…」

「ただ、やはり5才のお子様が亡くなるというのは稀な事ですし、大変痛ましい事件でしたので、大家さんはその点配慮なさって、家賃を下げる決意を固めたのです。ちなみに、当時から4万円だった訳ではありません。その時代時代の物価に合わせて変動して参りましたので」

「月日が経てばそれだけ世間の人々の事故の記憶が風化して行きますもんね。多少は値上げしたいですよね」

「その代わり、建物自体が年々劣化して価値が下がって来ておりますので、それらの事情から、今年度の家賃は4万円が妥当だろうという結論に至った次第です」

「そうですか。金額については充分納得できました」


オレはそれが伝わるように大きく頷いてから続けた。


「そんな事故があったというのには驚きましたが、でも、いまだにそのアパートが存続しているという事は、ずっと借り手がいるって事ですよね」

「ええ。就職、転勤、ご結婚などのタイミングで引っ越しされて、当時と現在では住人の方はすべて入れ替わってはおりますが、常にほぼ満室状態でございます」

「じゃあ、そんなに神経質になることはないかな…」


最初はとても複雑な心境だったけど、話を聞いているうちに、だんだんと気分が上向きになって来た。

人が居つくって事はそれだけ雰囲気が良いってことだもんね。
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