幸せになるために
聖くんの両親は彼が3才の時に離婚し、以降、あの子は母親の山田真由美と共に、このアパートの103号室で暮らす事となった。

それまで専業主婦だった真由美は親戚の伝で運送会社にパート事務員として勤務するのだが、そこで運転手を勤めていた久保田一之と出会う。


「その男との出会いが、悲劇の始まりだったんだよね…」


当時、真由美の年齢は30才で一之は22才。

本来ならばかなりのジェネレーションギャップを感じてしまう年の差だが、二人はすぐに意気投合し、出会って3ヶ月後には交際をスタートしていたようだ。

そして、もともと嫌々勤務していたらしい一之は、交際を始めてしばらくすると運送会社を辞めてしまい、母子の暮らすアパートに転がり込んだ。

真由美の収入はパートにしてはそこそこ良く、別れた夫からの聖くんへの毎月の養育費もあったので、生活には比較的余裕があり、また、離婚時に受け取った慰謝料を手付かずで貯金しているという情報も察知した一之は、自分もどさくさに紛れてそれにあやかろうとしたようだ。

いわゆる「ヒモ」というやつである。

聖くんには戸籍上の「お兄ちゃん」はいなかった。

母親の恋人、自分とは18才離れたその男を「お兄ちゃん」と呼んでいたのだった。

しかし、余裕があるとは言っても、それは母子二人だけで生活していく分には、というのが大前提の話である。

そこに成人男性が、しかも他人の金に集る気満々の者が加わったりすれば、当然、それまであった貯えは瞬く間に消え、生活は困窮して行く。

思っていたよりも自由に金が使えず、イライラを募らせて行った男は、徐々に母親に対して暴言を吐くようになり、それに伴って手も上げるようになっていった。

そして……。


「男は聖くんにまで暴力を振るうようになった。いや。正確には、ターゲットを母親から、聖くんへと変えた……」

「彼女の事は働かせなくてはいけませんからね」


オレの呟きを受けて、吾妻さんは苦々しい口調で語り出す。


「金づるには優しい言葉をかけておいて、そして鬱憤が溜まった時の八つ当たり要員は聖くんにしておこうと考えたんでしょう。そして母親も、甘んじてそれを受け入れた」

「何でそこで大人しく言う事を聞いてしまうのかが、全く理解できないんだけど」


オレは怒りで声を震わせながら主張した。
< 88 / 225 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop