幸せになるために
「『お前みたいなぐうたらな男に威張られる筋合なんかないわ!』って、そんな奴アパートから叩き出してやれば良かったのに。何を恐れる事があるんだろうか?もしその後しつこく言い寄って来たり、嫌がらせされたりするようなら、警察に通報してしかるべき対処をしてもらえば良いんだし…」

「いや…ただ、15年前のことですからね…」


だんだん興奮して来るオレの言葉を若干遮るようにして、吾妻さんは言葉を挟んだ。


「女性に暴力を振るうような男を撃退するのは難しいですし、勇気を出してそれをやり遂げたとして、その後さらに狂暴性が増した男につきまとわれる…いわゆるストーカー被害に遭う可能性が高くなる訳ですが、その時に果たして警察がどこまで介入できたか…」

「え?」

「その犯罪の恐ろしさが広く認知され、浸透して来た現在でさえ撲滅は難しく、下手したら未だに『それはあくまで対岸の火事』と捉えている人もいますからね。15年前なんてそれこそ「男女間の問題は他人を巻き込まずに、自分達でケリをつけるべき」という風潮だったんじゃないでしょうか。警察以前に、世間一般が」


思わず黙り込んでしまったオレに対して、吾妻さんは真摯な態度で言葉を繋ぐ。


「誤解しないで下さいね。聖くんの母親の事を擁護している訳ではありませんから。ただ、DVとストーカーがセットになっている犯罪への対応という点『だけ』を考えた場合に、法整備はまだまだ成されていなかった時代ですから。恐怖におののきながらも逃げられない、逃げ方が分からない、という女性……いや、女性だけとは限らないですね。男性も含め、存在していたであろうし、逃げ道を探せなかった側に落ち度があったと考えるのではなく、あくまでも身勝手な欲求を一方的に押し付けて来た側が責められるべきであって欲しいと思っています」

「……そうだね」


吾妻さんの意見は最もであり、オレはそこに関しては素直に同意した。


「が、やはり我が子に矛先を向けられたとしたら、普通の親ならば助かる道はないかと必死に模索するハズですよね。しかし、聖くんの母親にはそういった考えは微塵もなかったようです」


吾妻さんはそこでふと、何かに気付いたように問い掛けて来た。


「ところで…比企さんは、例の本はご覧になりましたか?」
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