幸せになるために
「いや…それが、男のやり方はとても巧妙で、すぐに目につく範囲内にアザや傷などは残らないように、聖くんをいたぶっていたようなんです。そして母親や本人は虐待を頭から否定していた。だから保育園の先生方は慎重に行動せざるを得なかったようで」
「そっか……」
「しかし、男はとことんずる賢いというか…。自分にとって不利になる、不穏な空気を感じ取る能力には長けていたようで、その日を境に、一旦聖くんへの虐待は止めたんです」
「つまり、通報されないように先手を打ったって訳か」
「そうですね。休日には母親と聖くんと一緒にショッピングセンターに買い物に出掛け、その姿を周りにこれ見よがしにアピールしたりして。後日、聖くんは『新品のセーターとズボンを買ってもらった』と、保育園の先生に嬉しそうに報告していたようです」
「ていうか、日々体のサイズが変わる年代の聖くんが、シーズン毎に服を新しく買ってもらうのなんて、当たり前の話だよね?」
充分とはいえない食事量で、痩せてしまってはいたようだけれど、それでも縦には伸びるし、前の冬よりは確実に体積が増していたハズ。
「……だけど、それまで虐げられていた聖くんにとっては、自分の為にお出かけをして、自分の為の洋服を買ってもらえるなんて、まるで夢のような時間だったでしょうね」
吾妻さんはとても苦しそうな表情で続けた。
「そしてその様子を目の当たりにした周りの人々は、『やはりあれは自分の勘違いだったのだろうか』『本当に、ただの躾だったのではないか』という考えに至ってしまい、児童相談所への通報の件はそこで立ち消えになってしまったんです」
「何てこと……」
それ以上の言葉を紡げないオレを尻目に、吾妻さんは「ふー…」と深く、長く、息を吐き出したあと、話を続けた。
「そして、運命のクリスマスイブ……」
そのキーワードに、思わずビクッとなってしまう。
「もう比企さんもご存知の通りですが、その日は聖くんの5回目の誕生日でもありました。母親は周りへの『仲良し家族アピール』を続けるべく、近所のケーキ屋で豪華なクリスマス兼、誕生日ケーキを買ってパーティーの準備を始めたのです。いや。もしかしたら彼女自身、男の変化を純粋に喜び、このまま本当に普通の、幸せな家族になれるかもしれないと、心弾ませていたのかもしれません。しかし……」
「そっか……」
「しかし、男はとことんずる賢いというか…。自分にとって不利になる、不穏な空気を感じ取る能力には長けていたようで、その日を境に、一旦聖くんへの虐待は止めたんです」
「つまり、通報されないように先手を打ったって訳か」
「そうですね。休日には母親と聖くんと一緒にショッピングセンターに買い物に出掛け、その姿を周りにこれ見よがしにアピールしたりして。後日、聖くんは『新品のセーターとズボンを買ってもらった』と、保育園の先生に嬉しそうに報告していたようです」
「ていうか、日々体のサイズが変わる年代の聖くんが、シーズン毎に服を新しく買ってもらうのなんて、当たり前の話だよね?」
充分とはいえない食事量で、痩せてしまってはいたようだけれど、それでも縦には伸びるし、前の冬よりは確実に体積が増していたハズ。
「……だけど、それまで虐げられていた聖くんにとっては、自分の為にお出かけをして、自分の為の洋服を買ってもらえるなんて、まるで夢のような時間だったでしょうね」
吾妻さんはとても苦しそうな表情で続けた。
「そしてその様子を目の当たりにした周りの人々は、『やはりあれは自分の勘違いだったのだろうか』『本当に、ただの躾だったのではないか』という考えに至ってしまい、児童相談所への通報の件はそこで立ち消えになってしまったんです」
「何てこと……」
それ以上の言葉を紡げないオレを尻目に、吾妻さんは「ふー…」と深く、長く、息を吐き出したあと、話を続けた。
「そして、運命のクリスマスイブ……」
そのキーワードに、思わずビクッとなってしまう。
「もう比企さんもご存知の通りですが、その日は聖くんの5回目の誕生日でもありました。母親は周りへの『仲良し家族アピール』を続けるべく、近所のケーキ屋で豪華なクリスマス兼、誕生日ケーキを買ってパーティーの準備を始めたのです。いや。もしかしたら彼女自身、男の変化を純粋に喜び、このまま本当に普通の、幸せな家族になれるかもしれないと、心弾ませていたのかもしれません。しかし……」