幸せになるために
それ以上聞くのは正直怖かった。

だけどここで逃げてしまったら、聖くんを救えなくなってしまうような気がして……。

オレは必死にその場に留まり、吾妻さんの言葉を受け止め続けた。


「男はもうすでに、そんな演技には飽き飽きしてしまっていたのです」


彼だって、辛いハズだから。


「朝から男は一人でどこかに出掛けてしまっていたので、とりあえず母親は聖くんと先に二人でパーティーを始める事にしました」


吾妻さんのまるでその場にいたような、あまりにも真に迫る語り口に、いつしかオレの目の前にはリアルな映像が浮かび上がっていた。

もちろん、出てくる物や人物は、すべて脳内で勝手に作り上げたイメージだけれど。

丸い、生クリームのデコレーションケーキ。

中央には「こうき5才のお誕生日おめでとう!&メリークリスマス!」と書かれているチョコレートのプレートと、砂糖菓子で出来たサンタさんとトナカイが。

そしてそれを取り囲むようにして、艶々とした真っ赤なイチゴが等間隔で並べられている。


『そうそう、これを忘れちゃダメよね』


言いながら、5本のロウソクをせっせとケーキに立てて行く母親を、聖くんはキラキラとした瞳で見つめていた。

しかし、次の瞬間……。


『何だぁ?そりゃあ』


朝からパチンコ屋に入り浸り、手持ちの金をすべてすってしまった男が、この上なく不機嫌な表情でリビングの戸口に立っていた。


『なに勝手にそんな贅沢なもん買って来てんだよっ』

『え?で、でも今日はこの子の誕生日だし…』

『それが何だっつーんだよ!』


怒鳴りながら男は母親に近付いた。


『こんなガキにかける金があるんだったら俺によこせよ!』

『ご、ごめんなさいっ』


不本意な家族ごっこを続け、ストレスとイライラが溜まっていた男はそれが一気に爆発し、久々に母親に手を上げた。


『あっ。おかーさん…』


頭を殴られ、床に倒れ込む母親を見て、聖くんは慌てて席を立つ。

恐怖で震えながらも、男の怒りを何とか静めようと、聖くんは男の腕に必死にすがりつき、一生懸命笑顔を作った。


『お、お兄ちゃんも、クリスマスケーキ、いっしょに食べよう?』

『うるせぇ!』


男はその腕を思い切り振り払う。
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