幸せになるために
堪えていたけれど、もう限界だった。


「聖くんにとってはそれは本に記されている事でも、誰かからの伝聞でもない。紛れもなく、彼自身が受け止めなければならなかった、残酷な真実」


瞳から溢れる涙もそのままに、オレは吾妻さんに訴えかけた。


「だから考えよう。恐怖と絶望の中、たった5才で息を引き取った、聖くんの為に」


途中盛大にしゃくりあげて、変な声が出てしまったけれど、そんなのは構わずに続ける。


「あの子の願いは何なのか。どうしたらあの子を心穏やかに逝かせてあげられるのか、二人で一生懸命、考えよう」

「……そうですね」


吾妻さんは穏やかに微笑みつつ、そう返答した。

次いで、先ほどのティッシュの箱を再び手に取り、オレに向かって差し出してくれる。


「…ありがと」


礼を述べつつ受け取り、中身を引き出して涙を拭き、鼻もかんでいると、吾妻さんはふと顔を上げ、視線を空中にさ迷わせた。


「……どうしたの?」

「なにか、聞こえませんか?」

「え?」


……ちゃ~ん…


言われて耳を澄ませてみると、確かに、どこからか、か細い声が聞こえて来る。


「おにいちゃ~ん」

「あっ」


少しボリュームの上がったその声を耳に捉えた瞬間、オレは状況を把握した。


「聖くんが起きたんだ!」


オレは慌てて立ち上がり、ジャケットとリュックを手にすると、その場から足早に歩き出す。


「俺も行きます」


背後からの吾妻さんの声を受けつつ、「ちょっとごめん」と言いながらキッチンに寄り道して、手の中のティッシュをゴミ箱に捨てさせてもらってから、急いで玄関へと向かった。

靴を履き、外へ飛び出し、自分の部屋の前まで移動しつつ、リュックの外ポケットに入れてある鍵を取り出す。

何度かカチカチと空振りしてから、ようやく穴と鍵を合致させて解錠すると、勢い良くドアを開け放ち、オレは室内に突入した。


「たすくおにいちゃ~ん」


廊下を突き進み、ドアを開け、たどり着いたリビングには、レースのカーテン越しに差し込む外灯の光によって、ぼんやりと物の形が浮かび上がって見える程度の薄明かりの中、オレの名を呼びながらうろうろとさ迷う聖くんの姿があった。


「あ、いた~」
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