君に恋していいですか?
「詩織!」



フワッと笑う姿は、間違いなく彼女のものだった。


「祐太朗さん。来ちゃいました。」


小さなバックを両手に持ち、ファーコートを着た詩織がそこにいた。


ゆっくりと近づいて来て見上げてくる大きな瞳が、俺を捕らえて離さない。


「祐太朗さん?」

何も言わない俺に問いかけるように小首を傾げる詩織。


途端に込み上げてくる唇の不快感。


そうだ、俺はさっき詩織以外の女にキスされたんだった。


不可抗力とはいえ、このまま詩織にキスなんて出来ない。


「祐太朗さん、どうしたの?何かあった?」


問いかけは彼女に何かを悟らせたのかも知れない。

不意に眉根を寄せ怒りにも見える表情をする。


「さっきの女性と何かあったの?」

…見てたのか。



「嘘はキライだからハッキリ言うよ。
付き合ってくれって言われてる。
飲みに行かないかと誘われたから断った。
断ったら…キスされた。」


詩織が泣きそうな顔で笑う。


「だから言ったでしょう?
祐太朗さんは自分が思うより、女性に好かれるのよ?」


頬に触れた詩織の指先は冷えて氷の様だった。

「ごめん。こんなに冷えて…待たせてごめん。」


冷えた手を握り身体を引き寄せた。


腕の中にスッポリと収まる詩織。
夢じゃないんだ。
たった数週間会わないだけで、こんなに恋い焦がれる程愛してる。


「神山さん!」


後ろから声がして。
振り向かなくても誰なのかわかる。


「なんでその人なんですか⁉︎なんであたしじゃダメなんですか!」


何故だろうな。


俺にだって分からない。


詩織でなければならない理由なんて、分からないんだ。

けど。


詩織でなければこんな充足感は得られない。


「本気で人を愛することができたらわかるよ。」


詩織を抱きしめたままそう言うと、チラリと中崎さんを見る。

唇を噛み、悔しそうに睨んでいた。


「離れてよ!あんたが居なかったらあたしが彼女になれるんだから!」


そう言うなり、詩織に掴みかかる。

「きゃ…」

「詩織!」


グイッと引っ張られて腕から抜け落ちた身体。

掴みかかる中崎さんを詩織は引っ叩いた。


「いい加減にしてください!」


それはまるで、小さな子供を叱る母親のようだった。


「祐太朗さんはモノじゃないんです!彼の意思は無視なんですか⁉︎」


ビクッと身体を震わせて、中崎さんは詩織を見つめた。


掴みかかっていた腕がダラリと力なく下がる。


「あなたが祐太朗さんを好きなのは分かります。

でも、祐太朗さんは何て答えましたか?

好きな人に嫌われたいんですか?」


そんな詩織の言葉を、中崎さんは黙って聞いていたものの。

クルリと踵を返し走り去ってしまった。


「あ…」

「どうした?」

振り返った詩織は泣きそうな顔で笑った。


「引っ叩いたのに、ごめんなさい言うの忘れてました…」


彼女の半分は優しさで形成されているのかもしれない。



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