Our Stage!!!!
第1章節





はじめて彼をみたとき、目が釘付けになった。

透き通った声で歌うその唄はわたしを一瞬で虜にした。

生まれて初めてした恋は、真琴の唄だった。






それはある日曜日の昼下がりのこと。

よく晴れた、雲ひとつない青空の日だった。

もう10月になるというのにまだ秋の便りは来ない。

誰もがそんな連日の暑さにうんざりしていた。





わたしは工藤千奈都。

公立高校に通う2年生。

胸まで伸びた黒髪。

なんの特徴もない、どこにでもいるただの高校生だ。





13時にバイトを終えたわたしの耳にどこからかギターのゆったりとした音が流れてくるのが聞こえてきた。

駅のほうからだ

また路上ライブかな?


自然に音のする方へ足が向かう。

駅前でやってるみたい。


途中から歌う声も聞こえてきた。

男の人の声だ。



綺麗な声…

どんなひとが歌ってるんだろう?



わたしはすこし興奮ぎみに歩を進めた。




例の路上ライブには既に人だかりができていた。

軽く30人は越していたと思う。


そんな中でも弾き語りしている本人が見えたのは、彼がかなりの長身だったから。



すごい…



ほぅっとため息がでた。
信じられなかった。

なんて綺麗な声で歌うんだろう。

男性なのにいやな雑音が一切なく、声が透きおとっている。


そんな声で歌う彼のバラードはまるで、聴く人をどこか遠い世界へ吸い込むみたい。






観客は女の子が多かったが、それもそのはず。

髪の毛は色素がうすく、くるくるとパーマがかかっている。

顔もいわゆるイケメンで、非の打ち所がない男の子。


ただ、時々ギターの音をハズすこともあるけどそれはそれで愛嬌が感じられていい雰囲気を作っていた。


わたしはなにも考えずにただ聴き入った。

切ない恋愛ソングだった。






曲が終わった直後、拍手は聞こえてこなかった。


彼は戸惑いの色をみせた。


しかし、ワンテンポ遅れて誰かが拍手をしたのを合図に、その場にいたみんなが大きな拍手を彼に送った。


拍手という、一種の敬意と感謝をするのを忘れてうっとりしていたのだ。


わたしも精一杯の拍手を贈った。

こんなにいい歌を歌うひとを初めてみたと思う。





彼はしばらく驚いた顔をし、そのうちに状況がわかったのか満足そうな照れ笑いを浮かべた。


拍手がやみ、彼が終わりのあいさつをする。

「ありがとうございます」

一言彼がいうだけで場が湧いた。

「改めて、真琴です!初めての路上ライブでこんなにみんな集まってくれて嬉しいっす!」


へぇ…真琴っていうんだ…


ほんとに嬉しそうにしゃべる真琴くん。


そんな和やかでゆったりとした空気が、騒がしい駅前を包んだ。





真琴くんのあいさつが終わり、パラパラと人が散っていくなかで何人かの若い女の子たちが真琴くんのまわりを取り巻く。


いいなぁ
わたしも話してみたいな




次はいつライブをするんだろうとか

歳はいくつなんだろうとか

他にはどんな唄を歌うんだろうとか

知りたいことがたくさんある。



でもそんな勇気なんてないし…

第一わたし、人見知りで男の人は苦手だし…


わたしなんかが真琴くんとお話しするなんて、とんでもない!



しょぼくれてその集団を見つめていたら、一瞬だけ

ほんの一瞬


彼と目が合った。


ドキッ


胸が高鳴る。



あれ?こっちくる…?



それと同時に真琴くんが女の子たちをかき分けてこちらへ向かってくるのが見えた。



わわわ!!どーしよ!

こっち見てるよーガン見してるよー!!!

こうゆう時ってどーすればいいの?!


と…とりあえず逃げよう!!



そう思いついたとたんにわたしはくるっと方向転換してライブ会場と逆方向に歩きはじめた。


なるべく自然に、逃げてるって思われないように慎重に…

足音が近づいてくるのがわかる。


もうだめだ、と思った瞬間に肩に手を置かれる。




「ねえ、待って」



振り向かなくたってわかる。

紛れもなく真琴くんの声だ。


「はははははいっ」

あまりの緊張に声が裏返る。


は…恥ずかしすぎる…


真琴くんはクスッと笑うと


「さっきのライブ、見てくれてたんだよね?」

「はい…。あの、とってもよかったです」

思わず俯きがちに答えてしまった。


だってこんな美青年の顔なんか見れっこない。



「ありがとう」


にこっと微笑むと真琴くんは手に握ってたものをわたしに差し出した。



「これ、さっき落として行ったよ?大切なものだと思って」



真琴くんの手のひらの上には南米系の堀の深い顔をした人形のキーホルダーが。



「あ、これ!ありがとう!!いつ落としたんだろう」


それはエケコ人形といって、願いが叶うと言われている人形だ。


親友の中宮瑠奈がくれたものだ。




「さっきライブが終わったときに偶然カバンから落ちるのをみたんだ。ちゃんと届けられてよかった!
じゃあ、それだけだから。
よかったらまた見に来てね!日曜日は毎週やるから!」

そう言って大きく手を振りながら戻っていった。


「は…話しちゃった…」


それにしてもいい人だなぁ。

容姿も中身もいいなんて、ほんとに完璧なのかも、あのひと。





そんなことを考えながらわたしはエケコ人形を握りしめ、軽い足取りで家路についた。








まさか思いもよらないところ再会することになるなんて



この時は知るよしもなかった───。
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