万理央♂の結婚
1面:恋するスペック
カメラを持った蜂はぐるーんと城の周りを旋回して、城の大きな門まで来ると、門を入らずに門の屋根の方から城の敷地へと入る。大きな扉の前で止まって、こちらを振り向き、「行くよ?」という顔をする。もう飽きるほど見たゲームのオープニング。
小林万理央は溜息をひとつついて、スーパーで買ってきた焼き鳥串に齧りついた。横着しないでちゃんと電子レンジにかけたらよかった。串にぎゅっと抱きついているかたくなった鳥肉を真っ白い歯でぐいぃっと引きちぎった。さながらどこか未開の地の酋長のようだ、と自分でも思う。
テーブルの上の缶ビールを手に取ったとき缶がカランと音を立てた。煽るとほんの一口だけ残っている。もう一本取ってくるのもちょっと面倒くさい。串に残った鳥肉にもう一度齧りついて食事を終わらせると、背にしていたソファーをぐっと押すように身体を伸ばした。
ゲーム機を見ると、メガネを掛けた蜂はふわふわと浮かびながら操作の説明をしている。万理央は「はいはいはい」と声に出しながらゲーム機のAボタンを押した。
割と可愛い子だったよなあ…と今日出逢った一人の女性を思い出した。出版社の編集部が開催した川原のバーベキューは、日が翳ると肌寒い位だったのに、彼女は真夏のような真っ白いTシャツに紺色の綿パンツをはいていて、白いデニムのブルゾンを腰に巻いていた。時折吹く風に目を細めて髪が乱れるのを直す。万理央は長袖のTシャツの上にニットのジップアップのプルオーバーを着ていたのに春浅い風が吹くたびに少し寒いと思ったけれど、彼女は腰に巻いたブルゾンを肩にかけることはなかった。肉や野菜を頬張ってはその皿を置いて何かを手伝いに行く。そうしては戻って来て自分の皿の冷えた野菜と肉に噛み付いて笑うのだった。どこか少し…オバサンぽい──と、言えなくもないのだけれど、その、色気を置き去りにしたような無邪気さや無防備な笑顔が少女のように可愛らしい、ような気がする。ちょっと良かった。
でも、彼氏がいるかもしれない。結婚してるとか。この年頃になって結婚していないとか彼氏がいないとかならそれはそれで考え物だ。多分同じように自分だってそう思われているに違いない。
そう思うとまたひとつ新しい溜息をついた。
小林万理央はバツイチだった。3年ほど前に一度結婚して離婚している。結婚生活は3ヶ月しか続かなかった。(正確に言えば9ヶ月続いた)このスピード離婚には実は自分でも目が回るほど驚いた。
相手は、同窓会で再会した中学校の同級生だった。卒業してから何度となく「欠席」の葉書を出し続けていたが、三十を目前にしたその夏は何か呼ばれたように、出席に丸をして一番高い時期の飛行機チケットで実家に帰ったのだった。同じように東京でOLをしていた彼女も、その年の同窓会が初めての出席だと言っていた。スイートだかナチュラルだか知らないが、そういうメイク特集の雑誌からまんま出てきたような可愛らしいメイクにベージュっぽい半袖のワンピースが似合ういかにもOL然とした感じは、所謂「業界」の人と違って初々しくて良かった。進学や就職で東京に出た輩、地元で進学就職した輩、東京から戻ってきた輩…。結婚している奴らの幸せな愚痴を聞いたり、仕事を頑張っている奴らの愚痴半分の見栄話を聞いたりしながら、隣に座った彼女のピンク色の頬紅がフンワリとのった頬はパステルみたいだとか、睫の黒いマスカラの光り方が気になったりしながら、時折彼女の学生時代の話や勤めている会社の話等を聞いたりするのが思いのほか楽しかった。東京に戻ったらまた会おうと約束して、よくありがちな通り、デートを重ねて、キスをして、エッチして、半同棲を経て結婚。都心のホテルに隣接されたチャペルで結婚式。ささやかながら披露宴もして、夏休みを利用してハワイへ新婚旅行。何もかもうまく行っていたと思ってた。
結婚生活が始まって3ヶ月ほど経った頃、彼女は出て行って、帰ってこなくなった。迎えに行かないまま3ヶ月が過ぎて、つまり、結婚して半年経って、郵便受けに離婚届が届いていた。どうしたものか、とそこから3ヶ月考えたが、どうしようもないしそろそろハンコをついて出そうかなあと思っていたら、ある日、留守番電話が入っていた。「離婚届け、出してくれましたか?」と言う。今出そうと思ってたんだよ、と何だかぶつけようのない怒りに駆られてハンコをついて離婚届を区役所に持って行った。
この際だからハッキリ言っておくけれど!と、小林万理央は誰に言うとも無く心の中で叫ぶ。
「俺は、モテないことはない!」
そうさ、イラストレーターという職業はなりたいと思ってなれるものではない。世渡りだって悪い方ではない。少し人見知りなところもあるけど、そこがまたご愛嬌じゃないか。それに、「繊細そう」だと思われがちな仕事の割には、「男は男らしく!」という田舎の祖母と母親のおかげで見た目も振る舞いもどちらかといえば男らしい方だ。それは多分、──いい意味でも、悪い意味でも。
特にいつもそう意識している訳ではないけれども、どうして自分が独りなのかと思うとき、たまに思う。モテない訳じゃない、確かに、モテない訳ではないのに、どうしてだろう。
── 何がどうしてなんだろう。独りで悪いか・・・?
ゲーム機の中で、メガネを掛けた蜂はクルクルと旋回を繰り返している。ゲームを始めるのか、どうするのか、とその蜂は液晶画面のこちら側に問いかけているのだけれど、問いかけられた方の男はソファの下で寝息を立てていた。
小林万理央は溜息をひとつついて、スーパーで買ってきた焼き鳥串に齧りついた。横着しないでちゃんと電子レンジにかけたらよかった。串にぎゅっと抱きついているかたくなった鳥肉を真っ白い歯でぐいぃっと引きちぎった。さながらどこか未開の地の酋長のようだ、と自分でも思う。
テーブルの上の缶ビールを手に取ったとき缶がカランと音を立てた。煽るとほんの一口だけ残っている。もう一本取ってくるのもちょっと面倒くさい。串に残った鳥肉にもう一度齧りついて食事を終わらせると、背にしていたソファーをぐっと押すように身体を伸ばした。
ゲーム機を見ると、メガネを掛けた蜂はふわふわと浮かびながら操作の説明をしている。万理央は「はいはいはい」と声に出しながらゲーム機のAボタンを押した。
割と可愛い子だったよなあ…と今日出逢った一人の女性を思い出した。出版社の編集部が開催した川原のバーベキューは、日が翳ると肌寒い位だったのに、彼女は真夏のような真っ白いTシャツに紺色の綿パンツをはいていて、白いデニムのブルゾンを腰に巻いていた。時折吹く風に目を細めて髪が乱れるのを直す。万理央は長袖のTシャツの上にニットのジップアップのプルオーバーを着ていたのに春浅い風が吹くたびに少し寒いと思ったけれど、彼女は腰に巻いたブルゾンを肩にかけることはなかった。肉や野菜を頬張ってはその皿を置いて何かを手伝いに行く。そうしては戻って来て自分の皿の冷えた野菜と肉に噛み付いて笑うのだった。どこか少し…オバサンぽい──と、言えなくもないのだけれど、その、色気を置き去りにしたような無邪気さや無防備な笑顔が少女のように可愛らしい、ような気がする。ちょっと良かった。
でも、彼氏がいるかもしれない。結婚してるとか。この年頃になって結婚していないとか彼氏がいないとかならそれはそれで考え物だ。多分同じように自分だってそう思われているに違いない。
そう思うとまたひとつ新しい溜息をついた。
小林万理央はバツイチだった。3年ほど前に一度結婚して離婚している。結婚生活は3ヶ月しか続かなかった。(正確に言えば9ヶ月続いた)このスピード離婚には実は自分でも目が回るほど驚いた。
相手は、同窓会で再会した中学校の同級生だった。卒業してから何度となく「欠席」の葉書を出し続けていたが、三十を目前にしたその夏は何か呼ばれたように、出席に丸をして一番高い時期の飛行機チケットで実家に帰ったのだった。同じように東京でOLをしていた彼女も、その年の同窓会が初めての出席だと言っていた。スイートだかナチュラルだか知らないが、そういうメイク特集の雑誌からまんま出てきたような可愛らしいメイクにベージュっぽい半袖のワンピースが似合ういかにもOL然とした感じは、所謂「業界」の人と違って初々しくて良かった。進学や就職で東京に出た輩、地元で進学就職した輩、東京から戻ってきた輩…。結婚している奴らの幸せな愚痴を聞いたり、仕事を頑張っている奴らの愚痴半分の見栄話を聞いたりしながら、隣に座った彼女のピンク色の頬紅がフンワリとのった頬はパステルみたいだとか、睫の黒いマスカラの光り方が気になったりしながら、時折彼女の学生時代の話や勤めている会社の話等を聞いたりするのが思いのほか楽しかった。東京に戻ったらまた会おうと約束して、よくありがちな通り、デートを重ねて、キスをして、エッチして、半同棲を経て結婚。都心のホテルに隣接されたチャペルで結婚式。ささやかながら披露宴もして、夏休みを利用してハワイへ新婚旅行。何もかもうまく行っていたと思ってた。
結婚生活が始まって3ヶ月ほど経った頃、彼女は出て行って、帰ってこなくなった。迎えに行かないまま3ヶ月が過ぎて、つまり、結婚して半年経って、郵便受けに離婚届が届いていた。どうしたものか、とそこから3ヶ月考えたが、どうしようもないしそろそろハンコをついて出そうかなあと思っていたら、ある日、留守番電話が入っていた。「離婚届け、出してくれましたか?」と言う。今出そうと思ってたんだよ、と何だかぶつけようのない怒りに駆られてハンコをついて離婚届を区役所に持って行った。
この際だからハッキリ言っておくけれど!と、小林万理央は誰に言うとも無く心の中で叫ぶ。
「俺は、モテないことはない!」
そうさ、イラストレーターという職業はなりたいと思ってなれるものではない。世渡りだって悪い方ではない。少し人見知りなところもあるけど、そこがまたご愛嬌じゃないか。それに、「繊細そう」だと思われがちな仕事の割には、「男は男らしく!」という田舎の祖母と母親のおかげで見た目も振る舞いもどちらかといえば男らしい方だ。それは多分、──いい意味でも、悪い意味でも。
特にいつもそう意識している訳ではないけれども、どうして自分が独りなのかと思うとき、たまに思う。モテない訳じゃない、確かに、モテない訳ではないのに、どうしてだろう。
── 何がどうしてなんだろう。独りで悪いか・・・?
ゲーム機の中で、メガネを掛けた蜂はクルクルと旋回を繰り返している。ゲームを始めるのか、どうするのか、とその蜂は液晶画面のこちら側に問いかけているのだけれど、問いかけられた方の男はソファの下で寝息を立てていた。