ラッキーセブン部
やっと、ドアの前に着くとタイミング良く上から栄先輩が落ちてきた。…上から。そして、先輩は産まれたての子鹿の様に足をガクガクとさせながら立ち上がった。
どうして、そうなったのかよく飲み込めないが、窓から栄先輩が降りてきたのは分かる。

「あの…先輩何してんの?」
「ん…三階から飛び降りる練習。この前、逃げた時は雪の上だったからあんまり衝撃なかったんだけどな〜」

なるほど。この先輩はちょっと逃亡壁があるのか。先輩の気持ちは分かる。俺も家賃回収から逃げるために飛び降りようかと思ったからな。俺は七階住みだから飛び降りたくても無理だが。

「あ、そうそう、もう少ししたら正弥が来るから俺ん家に入って待ってよう!」

栄先輩はそう言いながら、玄関の扉を両手で押し開けた。
その扉から見えた先の景色は…一言では言い表せないくらいの豪邸だった。
おいおい…門からここまでだって、結構、凄かったのに…ここはもっと凄いぞ。
大広間によく分からない銅像とか絶対高い絵とか金色の手すりとか赤い絨毯(じゅうたん)とか。大階段。靴を脱がないで歩いて良いとか…外国かここは。

「坊っちゃま!また、窓から降りられたのですか!もし、怪我でもしたらどうするんです!」

ちょっと年老いている執事の人が息をつきながら大階段を降りてきて栄先輩に心配そうに怒っていた。
さっき、インターホンに出た人かな?

「ごめんなさい…。あ、この子が俺の後輩の近藤隼一。正弥は後で来るよ」
「はい、承知しております。それでは、お友達が来られるまで、待合室でお待ちになられてはどうですか?」
「うん。じゃあ、あれを持ってきて退屈だから」
「…かしこまりました」

執事は俺の身なりに一瞬、顔をしかめたが何も言わず栄先輩と話をしてから大階段を上がってどこかに消えていった。

「待合室って何もないから本当つまんないんだよね〜」

栄先輩はそう言うと玄関に一番近い部屋、待合室と書いてある扉を両手で押し開けた。
何もないと言う割にはまたまた高そうな家具が置いてある。部屋の真ん中には丸い机、その周りに背もたれ付きの椅子が四つ置いてあった。床は玄関と同じかそれより明るい赤色のカーペットで部屋の隅に名前も分からない花が飾ってあった。
先輩に椅子に座るように指し示されて座るとまもなくさっきの執事がノックして入ってきて栄先輩に何かを手渡し、静かに扉を閉めて出て行った。

「今日はスピードでもやる?」

俺の向かい側に座ると栄先輩はそう問いてきた。

「…ポーカーが良いな」
「やっぱり?」

栄先輩は慣れた手つきでトランプを切り始めた。
さっき手渡されてたのはトランプだったのか…。

「…」
「…」

そういえば、栄先輩とこうして二人きりになるのって初めてなんじゃないか?いつも、正弥先輩とかがいて話を繋げてくれるけど。別に栄先輩と話す事とかないからどうしても、無言になるな。
笹井先輩の話をするか…?もしかしたら、力になってくれるかもしれない。いや…でも、正弥先輩の力に既になっているかもしれない。とにかく、俺はこの無言を脱出したいんだけど!

「隼一。そういえば、用事って何?」
「あっ!え、えっと…女子の電話に出てくれ!」
「…え?…ごめん。ちょっと話が飲み込めないんだけど…」

しまった。要約し過ぎた!何を焦ってんだよ、俺は。
俺は一旦、深呼吸してから内容を説明する事にした。

「…実は俺の姉さんが今、7を持っている人を探している女子と電話で話してて…姉さんが、その子と先輩達を話さしてあげたいから連れてこいって言われたんだ」

俺がそう説明すると先輩は目を輝かして俺の方へ身を乗り出してきた。

「じゅ、隼一のお姉さん良い人だね!好きになりそうだよ」
「いや…姉さんはやめといた方がいいと思う。人使い荒いし…」
「…冗談だよ。でも、ダメだよ?お姉さんの悪口なんて言っちゃ」

栄先輩は身を乗り出すのをやめて背もたれにもたれかかった。

「悪口じゃないと思うけどな…」
「そうかな?…それにしても、本当に今日の俺はラッキーだな…」
「…羨ましいな。今日の俺は散々だっていうのに…」
「ん〜でも…水●黄門でも言うじゃん。楽ありゃ苦もあるさ〜って。多分、この後、俺に苦があって隼一に楽が来ると思うよ」

ずいぶんとマニアックな例示をあげてきたな…。でも、そう考えると未来が楽しみになってくる。それがもし、本当なら笹井先輩と付き合えるかもしれない。

コンコン

『坊っちゃま。お友達が来られました。お通ししてよろしいですか?』
「もちろん…と言いたい所だけど俺が門の所に行くって言っといて」
『かしこまりました』

ドア越しのやり取りを終えると、栄先輩はトランプを素早く片付けた。

「荷物なんかいるかな?」
「電話だけだからいらないと思うけど…」

栄先輩は少し考えてから服掛けに掛かっているショルダーバッグを背負って待合室の扉を押し開けた。そして、執事にお辞儀されながら玄関から外へ出て門の所まで早足で歩いた。門の外には大きくあくびをしながら本を何冊か抱えて持っている正弥先輩がいた。俺達のことを見ると、手をあげていた。

「お待たせ、正弥。今から勤務外活動だよ」
「俺こそ待たせた…。だけど、勤務外活動って何だ?」
「来れば分かるっ!だよね、隼一?」
「あぁ」

正弥先輩は俺のことをチラリと見るとすぐに目を逸らした。
俺が笹井先輩に告ったこと気にしてんのか?そんなの早いもん順だろ。佳介も正弥先輩も告らないなら俺が一番に告るんだよ。

「え〜と…。じ、隼一?場所はどこ?」

そんな様子を見て栄先輩は慌てた感じで俺にそう問いた。

「駅の近く。早く行かないと姉さんが怒るかもしれない」
「駅の近くだったら、皆で競争しようよ。誰が一番に着くか」
「せ、先輩。ここから結構、距離あると思うんだけど…」
「栄がやりたいって言うなら仕方ない…。隼一。お前よりは早く走るつもりだ」
「正弥先輩もかよ!」
「位置に着いて〜よ〜いどん!」

栄先輩のかけ声がかかると2人は一斉に走り出した。
この人達…どんだけゲーム好きなんだよ。今日という日が本当に嫌いになってくる…。しかも、あの二人異常に早いんだけど…。
俺が駅近くに着く頃には、二人は自販機で飲み物を買っていた。

「ねぇ。隼一のお姉さんどこ?」
「えっと…確かさっきまではここにいたんだけど…」

おかしいな。さっきまで駅の近くの時計台の所に居たはずなんだけど…。
栄先輩と正弥先輩は不審な顔で俺の顔を覗き込んでいる。…そんなに見つめられても俺…どうして良いか…。

「隼一っ!!遅いよ!」

すると、近くのコンビニから姉さんが手を振りながらやって来た。

「…連れて来たから良いだろ」
「まぁ…ね。えっと…そちらの二人が隼一の先輩?」
「二年の笠森栄です」
「同じく、二年の荻野正弥です」
「えっと…部長さんは…荻野君の方かな?」
「あ…はい。でも、俺は隼一から何をするのか聞いてないんですが…」
「今、ある女の子に電話するから…出てくれる?そうすれば、すぐに分かるから」
「…は、はい」

正弥先輩は困った顔をしながらも頷いた。一方、事情を知っている栄先輩はそんな正弥先輩をニコニコしながら見ていた。

「…羨ましい…」
「ん?羨ましい?」
「…っ!」

思わず口から出てしまった言葉に栄先輩は首を傾げた。
俺は咄嗟に口を抑えてそっぽを向いたが、栄先輩はクスッと笑っている。
何だよ…。今の俺の言葉。あいつらの何が羨ましいって言うんだ。友達なんて、いつ裏切るか分からないというのに…。
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