ラッキーセブン部
第二五話 女達に振り回されて
おんぼろアパートの七階の一番端の突き当たりにあるのが俺の部屋。俺はその部屋に帰るなり、四畳半のフローリングに仰向けに寝転んだ。セブンはぐっすり寝ているのか、部屋の隅で丸くなっていて俺のそばには寄ってこなかった。
俺は天井を見つめながら、はぁ〜とため息をついた。
「…あいつ…なんなの?」
声に出してそう言うとなおさら、疑問がつのるばかりだった。この発端となっていることは今から1、2時間くらい前に遡る。
ー学校ー
「近藤。桜宮と一緒に資料取りに行ってこい」
廊下に連れ出された俺は吉田先公にそう言われた。
「は?何で先輩と一緒に行かないと行けないんだよ」
「だって、お前、茶道室の場所知らないんだろ?」
「知らないからこそ、先輩1人で行けばいいだろ」
「女子に1人だけでパシリみたいなマネをさせたくないんだろ?じゃあ、よろしくなー」
先公は俺の肩をポンと叩いて不敵な笑みをすると曲がれ右をして歩き出し俺達から遠ざかっていった。
最後のあの顔はなんなんだよ…というか、どんだけあの先公は女に弱いんだ。
「ごめんね。やっぱり、私、1人で行くよ」
先公が曲がり角を曲がって見えなくなると桜宮先輩がそう言って俺を置いて歩き出した。
「…いいよ。どうせ、暇だし。俺も行く」
あとで、一緒に行ってないってバレたら先公がうるさいだろうしな。
俺は先輩の後ろについて歩くことにした。
ー茶道室ー
「へ〜。案外、広いんだな。俺の部屋よりはるかに大きい」
「え、もしかして、一人暮らししてるの?」
「ん?あぁ」
一人暮らしといっても下に姉さん住んでるから解放感まったくないけどな。
「食事とかどうしてるの?」
「それなりに食べてるよ」
「そうじゃなくて…作ってるのかな〜って」
「あぁ。作ってるといえば作ってるんじゃないか。あ、これだろ。部活の紙」
「…うん」
あんまり、詮索されるの嫌いだから軽く流したけど明らかにテンションガタ落ちしてるよな。もしかして、この先輩、姉さんより面倒くさい性格か?出来れば俺のこと放っておいてほしいんだけど。
「私のこと嫌い…だよね。ごめん。でしゃばって」
俺が茶道室から無言で出ようとすると先輩から呟くようなそんな声が聞こえてきた。
「嫌いというより苦手。どうして、俺なんかに構うんだ?」
俺が振り返ってそう聞くと、桜宮先輩は何かを決心したような顔をして俺に駆け寄ってきた。
「あなたに少なからず好意を持ってるから」
「は、は…?接点ないだろ。俺達」
「接点なくても好きになったりするものでしょ?」
「だけど…俺、好きな奴いるし」
「知ってる。それでも好き」
「俺に…どうしろと?」
「私と付き合って不良になる前の隼一に戻ってほしいな〜って」
「…は?」
「私、知ってるの。隼一の不良になる前のこと」
「どうして…」
「人は環境によって変わっちゃう。だから、私であなたを変えたい」
桜宮先輩はそう言って、俺の頬に手を添えた。先輩の瞳がまっすぐに俺を見つめている。その瞳に引きつけられているかのように眼が離せず、まったく身動きが取れない。この先輩が俺の何を知ってるっていうんだ…。
そう思った瞬間。先輩の顔が近づき俺の口に一瞬、ほんの一瞬、柔らかいものが触れた。
い、今。何が…?いや、自問自答するまでもない。俺は…先輩にキスされたんだ…。
「…っ」
俺は咄嗟に先輩の両肩を掴んで自分から引き離した。
「ダメ…かな?」
「…冗談だろ?」
「…私、本気だよ」
「俺、やっぱり先輩が苦手だ」
「嫌い…じゃなくて?」
俺は先輩のその問いには応えず、無言で茶道室を出た。
…そして、現在に至る。
まさかあんな形で女子からキスされるとは…思ってもみなかった。まだあの柔らかい感触が残っている気がして自分の口を手で抑えた。別に好きでもなんでもないはずなのに心臓が早く脈を打っていた。
『人は環境によって変わっちゃう。だから、私であなたを変えたい』
環境…。先輩は昔の俺を知ってるって言ってたけど中学関連でつながりあったか?…いや…それは絶対ないな。俺の中学は中高一貫の男子校だからな。女子との接点があるわけない。
結局、答えを出さずにあの場を去ったけど、先輩、俺の事を諦めてくれるはず…ないよな。…俺の好きなのは笹井先輩だ。それは変わらないのに…なんだろうか。この気持ちは…。
ピーンポーン
そうやって考えに浸っているとインターホンが鳴り響いた。だけど、俺には玄関に行く気力が起きなかった。…大家…じゃないよな。今月の支払いまであと一週間はあるから。押し売りは滅多に来ないし。まぁ…そうなると訪問客はある一人しか思い浮かばない。
数分経つとガチャリと音を立ててドアの鍵が開けられ、その人物は堂々と俺の寝転がっている所までやってきた。
「やっほー、隼一。一緒に外食しない?」
「…姉さん。緊急時以外の時にスペアで入ってくんなよ」
「いいじゃん。どうせ、あんたは毎日が緊急時なんだから」
「意味わからん」
俺と姉さんはお互いのスペアキーを持っている。どちらかが鍵を失くしても大丈夫なように。どちらも失くした場合はアウトだけれど、そんな事はないだろう。俺はスペアキーを外に持ち出すことがないから。
でも、姉さんはたまにフラッと俺の部屋にスペアキーで入ってくる。その目的は主に食べ物にある。今日、持って帰ってきたあのダンボール見つからないといいけどな…。
「…どうしたの?隼一?学校で何かあった?」
そう言いながら姉さんは俺の頭をポンポンと叩く。
「何もないよ。てか、頭、触るな」
「相変わらずあんたの髪、ツンツンしてるね。面白いわ」
俺は起き上がって姉さんの手を払いのけると姉さんは残念そうな顔をしながら俺の髪をジッと見つめた。
「姉さん。それより、一緒に外食って…どういう事?姉さんにしては珍しい提案だけど」
「うん。実は駄菓子屋のおじいさんにレストランのチケットを2枚貰ったんだけど、あたしの友達、皆、すっごい忙しい時期でレストランなんて誘えないじゃない?だからって、ここに一人で行きにくいから、一緒にどう?」
ツッコミどころ満載だ…。
どうして、駄菓子屋のおじいさんがそんなもの持ってるんだ?あと、すごい忙しい時期って就職関係だよね?姉さんも就活時期で忙しいはずだろ?頑張ろうよ。そして、何で姉弟でそんなレストランに行かないといけないんだ!
「姉さん。彼氏作ってそのレストラン行けばいいじゃん」
「あたしもそうしたいけど、最近、いい出会いがないんだよね〜」
そこで、どうして俺を睨む。
「…俺、別に行きたくないんだけど」
「確かに姉弟で行くのって…ダメか」
「…うん」
外出するのが億劫なだけだけどな。
「じゃあ、恋人のフリして行こう!」
「なぜ!?」
「よし!そうと決まれば、隼一、服着替えたら行くよ」
いや、何も決まってないよ?この人、どんだけレストランに行きたいんだよ!!
ー3分後ー
俺の抵抗も虚しく、俺は渋々、服を着替えた。レストランに行くということで一応俺の中で気に入ってるジャンパーとTシャツ、それに合わせたジーパンをを着用した。
「姉さんはもしかしてその服で行くのか?」
俺はふと姉さんの服を見てそう呟いていた。
姉さんが部屋に入って来た時いつものジャージ姿じゃないから不思議に思ってはいたけど。
「そうだよ。どう?似合う?」
ジャージよりも数倍いいと思うけど…。
「胸元空き過ぎじゃないか?」
「隼一。変態」
「なっ!そんな服を着てる姉さんがどう考えても悪いだろうが!」
「そんなに怒んなくたっていいじゃない…」
姉さんは目を潤ませながらそう言った。
あぁ。めんどくせェ…。
「分かったよ。その服で良いからもう行こうぜ」
「ありがとう。隼一」
俺がそう言うと、姉さんは満面の笑みになった。
俺達は電車に揺られ高層ビル街にやって来た。久しぶり…だな、都会。とは言っても数ヶ月前だけどな、ここにいたの。
「ここだよ〜、隼一。何、ボーッとしてんの!ほら、早く」
「腕、引っ張るなって」
姉さんが指差す方向に目を向けるとこじんまりとしたレストランが、そこにあった。何のレストランなのかを聞いていなかったけど、どうやら、洋食店のようだ。店の名前は横文字で書いてあるが…読めない。
カランコロン
「いらっしゃいませ!」
木製(?)のドアを開けると景気な店員の声に迎え入れられた。
店内は個人経営でやってるカフェに近いものを感じる。落ち着いた雰囲気で居心地がいい。俺達は二人席の丸テーブルに案内された。
「いいお店ね。チケットで食べるのが申し訳ないかも…」
姉さんは珍しく謙虚にそう言った。本当珍しい。
「さてと…何、食べるの?姉さん」
「…このお店で姉さんって呼ばないで」
「どうして?」
「…姉弟で来てるって、思われたくないの」
「そういえば、そうだったな。じゃあ、なんて呼べばいいんだよ」
「緋奈さんって呼んで」
「…分かった。何も、呼ばないようにする」
「ちょっと!」
なぜ、姉さんのことを名前にさん付けで呼ばないといけないんだよ。
「ご注文はお決まりですか?」
いつの間に来たのか、男の店員がそう言いながら、テーブルに水を置いた。
「隼一。決まった?」
「俺は決まったよ。ナポリタン」
「じゃあ、ナポリタン二つ」
「ナポリタン二つですね。かしこまりました」
店員はお辞儀をするとこの場を去って行った。その人が視界から消えるまで姉さんは見つめると口を開いた。
「今の人…イケメンね…そう思わない?隼一」
「いや…俺、男だし。そういうの気にしないんだけど」
「まぁ…そうね。でも、本当、イケメンだった」
姉さんはため息をついてその男が消えて行った厨房を見つめた。息をつくほどイケメンだったってことか?そんなのここら辺にいたらスカウトとか来るだろ。
「ちょっと、連絡先聞こうかな」
「やめとけって。姉弟で来てるより恥ずかしい行為だぞ。それ」
俺がそう言うと、姉さんが俺のことを睨んだ。
「何?嫉妬してるの?」
「なわけないだろ。別に姉さんが誰と付き合おうと関係な…」
「姉さんって言わない、約束だったでしょ?」
「ご、ごめん」
姉さんを怒らせると面倒だからこれ以上は何も言わないでおこう。それでなくても、今の会話で周囲の注目が俺達に向いてるから。
「そういえば、隼一。最近楽しそうね」
「楽しそう…?俺が?」
「やっぱり、高校生だから青春してるの?」
「俺が学校に喜んで行ってるわけないだろ。…学校なんて嫌いだし」
「じゃあ、どうして通ってるの?」
「…何でだろうな」
「真顔であたしに聞かないでよ。まぁ、あんたが私立高に行くって決めた時点でそこまで学校が嫌いなわけじゃないんでしょう?」
「…確かにそうだな」
俺、勉強苦手だけど、嫌いじゃないからな。記憶力だってないわけじゃないし。ま、やる気はあんまりないけど。
「人間嫌いも少しは治ったんじゃない」
「…人間嫌い?」
「だって、前はあたしと食事するのも嫌がってたじゃない」
姉さんと食事するのは今でも嫌だよ。とツッコミを入れたいけど、我慢した。
人間…嫌いか。あの学校の奴らはみんな俺の過去のことは知らないから嫌悪の目で見ることはないけどこんな格好だから遠巻きに見られるんだよな。そういえば部活の奴らは最初から…全くそんな事なかったな。怯えてたけど、普通に接してくれて…。なんだかんだ言って、俺、あの部活に馴染んでた。笹井先輩目的だけじゃなくても、あいつらと絡んで。…楽しいの…かもな。いつの間にか自然と放課後はあそこに足が向かってるしな。
「何、笑ってんの?隼一」
「いや…姉さんと食事するのも悪くないかなって、思ってさ」
「…」
「姉さん?」
「明日、雪でも降るのかしら…」
「…姉さん…」
いつもなら、怒るところだけど俺は苦笑いだけした。
初夏の雪ってのも、ちょっと見てみたいな。なんてバカなことを思うほど俺の心は穏やかな気持ちで満たされていた。
俺は天井を見つめながら、はぁ〜とため息をついた。
「…あいつ…なんなの?」
声に出してそう言うとなおさら、疑問がつのるばかりだった。この発端となっていることは今から1、2時間くらい前に遡る。
ー学校ー
「近藤。桜宮と一緒に資料取りに行ってこい」
廊下に連れ出された俺は吉田先公にそう言われた。
「は?何で先輩と一緒に行かないと行けないんだよ」
「だって、お前、茶道室の場所知らないんだろ?」
「知らないからこそ、先輩1人で行けばいいだろ」
「女子に1人だけでパシリみたいなマネをさせたくないんだろ?じゃあ、よろしくなー」
先公は俺の肩をポンと叩いて不敵な笑みをすると曲がれ右をして歩き出し俺達から遠ざかっていった。
最後のあの顔はなんなんだよ…というか、どんだけあの先公は女に弱いんだ。
「ごめんね。やっぱり、私、1人で行くよ」
先公が曲がり角を曲がって見えなくなると桜宮先輩がそう言って俺を置いて歩き出した。
「…いいよ。どうせ、暇だし。俺も行く」
あとで、一緒に行ってないってバレたら先公がうるさいだろうしな。
俺は先輩の後ろについて歩くことにした。
ー茶道室ー
「へ〜。案外、広いんだな。俺の部屋よりはるかに大きい」
「え、もしかして、一人暮らししてるの?」
「ん?あぁ」
一人暮らしといっても下に姉さん住んでるから解放感まったくないけどな。
「食事とかどうしてるの?」
「それなりに食べてるよ」
「そうじゃなくて…作ってるのかな〜って」
「あぁ。作ってるといえば作ってるんじゃないか。あ、これだろ。部活の紙」
「…うん」
あんまり、詮索されるの嫌いだから軽く流したけど明らかにテンションガタ落ちしてるよな。もしかして、この先輩、姉さんより面倒くさい性格か?出来れば俺のこと放っておいてほしいんだけど。
「私のこと嫌い…だよね。ごめん。でしゃばって」
俺が茶道室から無言で出ようとすると先輩から呟くようなそんな声が聞こえてきた。
「嫌いというより苦手。どうして、俺なんかに構うんだ?」
俺が振り返ってそう聞くと、桜宮先輩は何かを決心したような顔をして俺に駆け寄ってきた。
「あなたに少なからず好意を持ってるから」
「は、は…?接点ないだろ。俺達」
「接点なくても好きになったりするものでしょ?」
「だけど…俺、好きな奴いるし」
「知ってる。それでも好き」
「俺に…どうしろと?」
「私と付き合って不良になる前の隼一に戻ってほしいな〜って」
「…は?」
「私、知ってるの。隼一の不良になる前のこと」
「どうして…」
「人は環境によって変わっちゃう。だから、私であなたを変えたい」
桜宮先輩はそう言って、俺の頬に手を添えた。先輩の瞳がまっすぐに俺を見つめている。その瞳に引きつけられているかのように眼が離せず、まったく身動きが取れない。この先輩が俺の何を知ってるっていうんだ…。
そう思った瞬間。先輩の顔が近づき俺の口に一瞬、ほんの一瞬、柔らかいものが触れた。
い、今。何が…?いや、自問自答するまでもない。俺は…先輩にキスされたんだ…。
「…っ」
俺は咄嗟に先輩の両肩を掴んで自分から引き離した。
「ダメ…かな?」
「…冗談だろ?」
「…私、本気だよ」
「俺、やっぱり先輩が苦手だ」
「嫌い…じゃなくて?」
俺は先輩のその問いには応えず、無言で茶道室を出た。
…そして、現在に至る。
まさかあんな形で女子からキスされるとは…思ってもみなかった。まだあの柔らかい感触が残っている気がして自分の口を手で抑えた。別に好きでもなんでもないはずなのに心臓が早く脈を打っていた。
『人は環境によって変わっちゃう。だから、私であなたを変えたい』
環境…。先輩は昔の俺を知ってるって言ってたけど中学関連でつながりあったか?…いや…それは絶対ないな。俺の中学は中高一貫の男子校だからな。女子との接点があるわけない。
結局、答えを出さずにあの場を去ったけど、先輩、俺の事を諦めてくれるはず…ないよな。…俺の好きなのは笹井先輩だ。それは変わらないのに…なんだろうか。この気持ちは…。
ピーンポーン
そうやって考えに浸っているとインターホンが鳴り響いた。だけど、俺には玄関に行く気力が起きなかった。…大家…じゃないよな。今月の支払いまであと一週間はあるから。押し売りは滅多に来ないし。まぁ…そうなると訪問客はある一人しか思い浮かばない。
数分経つとガチャリと音を立ててドアの鍵が開けられ、その人物は堂々と俺の寝転がっている所までやってきた。
「やっほー、隼一。一緒に外食しない?」
「…姉さん。緊急時以外の時にスペアで入ってくんなよ」
「いいじゃん。どうせ、あんたは毎日が緊急時なんだから」
「意味わからん」
俺と姉さんはお互いのスペアキーを持っている。どちらかが鍵を失くしても大丈夫なように。どちらも失くした場合はアウトだけれど、そんな事はないだろう。俺はスペアキーを外に持ち出すことがないから。
でも、姉さんはたまにフラッと俺の部屋にスペアキーで入ってくる。その目的は主に食べ物にある。今日、持って帰ってきたあのダンボール見つからないといいけどな…。
「…どうしたの?隼一?学校で何かあった?」
そう言いながら姉さんは俺の頭をポンポンと叩く。
「何もないよ。てか、頭、触るな」
「相変わらずあんたの髪、ツンツンしてるね。面白いわ」
俺は起き上がって姉さんの手を払いのけると姉さんは残念そうな顔をしながら俺の髪をジッと見つめた。
「姉さん。それより、一緒に外食って…どういう事?姉さんにしては珍しい提案だけど」
「うん。実は駄菓子屋のおじいさんにレストランのチケットを2枚貰ったんだけど、あたしの友達、皆、すっごい忙しい時期でレストランなんて誘えないじゃない?だからって、ここに一人で行きにくいから、一緒にどう?」
ツッコミどころ満載だ…。
どうして、駄菓子屋のおじいさんがそんなもの持ってるんだ?あと、すごい忙しい時期って就職関係だよね?姉さんも就活時期で忙しいはずだろ?頑張ろうよ。そして、何で姉弟でそんなレストランに行かないといけないんだ!
「姉さん。彼氏作ってそのレストラン行けばいいじゃん」
「あたしもそうしたいけど、最近、いい出会いがないんだよね〜」
そこで、どうして俺を睨む。
「…俺、別に行きたくないんだけど」
「確かに姉弟で行くのって…ダメか」
「…うん」
外出するのが億劫なだけだけどな。
「じゃあ、恋人のフリして行こう!」
「なぜ!?」
「よし!そうと決まれば、隼一、服着替えたら行くよ」
いや、何も決まってないよ?この人、どんだけレストランに行きたいんだよ!!
ー3分後ー
俺の抵抗も虚しく、俺は渋々、服を着替えた。レストランに行くということで一応俺の中で気に入ってるジャンパーとTシャツ、それに合わせたジーパンをを着用した。
「姉さんはもしかしてその服で行くのか?」
俺はふと姉さんの服を見てそう呟いていた。
姉さんが部屋に入って来た時いつものジャージ姿じゃないから不思議に思ってはいたけど。
「そうだよ。どう?似合う?」
ジャージよりも数倍いいと思うけど…。
「胸元空き過ぎじゃないか?」
「隼一。変態」
「なっ!そんな服を着てる姉さんがどう考えても悪いだろうが!」
「そんなに怒んなくたっていいじゃない…」
姉さんは目を潤ませながらそう言った。
あぁ。めんどくせェ…。
「分かったよ。その服で良いからもう行こうぜ」
「ありがとう。隼一」
俺がそう言うと、姉さんは満面の笑みになった。
俺達は電車に揺られ高層ビル街にやって来た。久しぶり…だな、都会。とは言っても数ヶ月前だけどな、ここにいたの。
「ここだよ〜、隼一。何、ボーッとしてんの!ほら、早く」
「腕、引っ張るなって」
姉さんが指差す方向に目を向けるとこじんまりとしたレストランが、そこにあった。何のレストランなのかを聞いていなかったけど、どうやら、洋食店のようだ。店の名前は横文字で書いてあるが…読めない。
カランコロン
「いらっしゃいませ!」
木製(?)のドアを開けると景気な店員の声に迎え入れられた。
店内は個人経営でやってるカフェに近いものを感じる。落ち着いた雰囲気で居心地がいい。俺達は二人席の丸テーブルに案内された。
「いいお店ね。チケットで食べるのが申し訳ないかも…」
姉さんは珍しく謙虚にそう言った。本当珍しい。
「さてと…何、食べるの?姉さん」
「…このお店で姉さんって呼ばないで」
「どうして?」
「…姉弟で来てるって、思われたくないの」
「そういえば、そうだったな。じゃあ、なんて呼べばいいんだよ」
「緋奈さんって呼んで」
「…分かった。何も、呼ばないようにする」
「ちょっと!」
なぜ、姉さんのことを名前にさん付けで呼ばないといけないんだよ。
「ご注文はお決まりですか?」
いつの間に来たのか、男の店員がそう言いながら、テーブルに水を置いた。
「隼一。決まった?」
「俺は決まったよ。ナポリタン」
「じゃあ、ナポリタン二つ」
「ナポリタン二つですね。かしこまりました」
店員はお辞儀をするとこの場を去って行った。その人が視界から消えるまで姉さんは見つめると口を開いた。
「今の人…イケメンね…そう思わない?隼一」
「いや…俺、男だし。そういうの気にしないんだけど」
「まぁ…そうね。でも、本当、イケメンだった」
姉さんはため息をついてその男が消えて行った厨房を見つめた。息をつくほどイケメンだったってことか?そんなのここら辺にいたらスカウトとか来るだろ。
「ちょっと、連絡先聞こうかな」
「やめとけって。姉弟で来てるより恥ずかしい行為だぞ。それ」
俺がそう言うと、姉さんが俺のことを睨んだ。
「何?嫉妬してるの?」
「なわけないだろ。別に姉さんが誰と付き合おうと関係な…」
「姉さんって言わない、約束だったでしょ?」
「ご、ごめん」
姉さんを怒らせると面倒だからこれ以上は何も言わないでおこう。それでなくても、今の会話で周囲の注目が俺達に向いてるから。
「そういえば、隼一。最近楽しそうね」
「楽しそう…?俺が?」
「やっぱり、高校生だから青春してるの?」
「俺が学校に喜んで行ってるわけないだろ。…学校なんて嫌いだし」
「じゃあ、どうして通ってるの?」
「…何でだろうな」
「真顔であたしに聞かないでよ。まぁ、あんたが私立高に行くって決めた時点でそこまで学校が嫌いなわけじゃないんでしょう?」
「…確かにそうだな」
俺、勉強苦手だけど、嫌いじゃないからな。記憶力だってないわけじゃないし。ま、やる気はあんまりないけど。
「人間嫌いも少しは治ったんじゃない」
「…人間嫌い?」
「だって、前はあたしと食事するのも嫌がってたじゃない」
姉さんと食事するのは今でも嫌だよ。とツッコミを入れたいけど、我慢した。
人間…嫌いか。あの学校の奴らはみんな俺の過去のことは知らないから嫌悪の目で見ることはないけどこんな格好だから遠巻きに見られるんだよな。そういえば部活の奴らは最初から…全くそんな事なかったな。怯えてたけど、普通に接してくれて…。なんだかんだ言って、俺、あの部活に馴染んでた。笹井先輩目的だけじゃなくても、あいつらと絡んで。…楽しいの…かもな。いつの間にか自然と放課後はあそこに足が向かってるしな。
「何、笑ってんの?隼一」
「いや…姉さんと食事するのも悪くないかなって、思ってさ」
「…」
「姉さん?」
「明日、雪でも降るのかしら…」
「…姉さん…」
いつもなら、怒るところだけど俺は苦笑いだけした。
初夏の雪ってのも、ちょっと見てみたいな。なんてバカなことを思うほど俺の心は穏やかな気持ちで満たされていた。