ラッキーセブン部
第二六話 暗闇の中で
月曜日の朝のホームルーム。俺はまだ眠い目をこすりながら、先生の話を聞いていた。今日から俺らのクラスに教育実習生がやってくるらしい。
「じゃあ、入って」
「はい」
担任の先生が廊下に向かってそう呼びかけると長身の男の人が入ってきた。そして、教卓の前に立つとクラスを見渡す。
…おぉ。実習生とはいえ先生の風格がすでにある。それと…誰かに似ている。
「初めまして。今日からこのクラスの教育実習生として二週間いさせてもらう笹井英知です。よろしくお願いします」
笹井…?正弥の事をチラリと見ると深刻な顔で俯いていた。笹井先輩と関係があるのかな…。
ー放課後ー
じゃんけんに珍しく負けて俺と正弥はゴミ捨てをしに行くことになった。ゴミ捨て場は一階の一番端の突き当たりの場所に焼却炉がある。ただ、一階といっても俺らのいるクラスとは別の棟にあるため遠い。いつもは面倒くさいから掃除にも参加しないけど今日は実習生がいるから逃げることは不可能だった。
「実習生の人、真面目でなんか怖いね」
「笹井先輩のお兄さんだからな」
「やっぱり、笹井先輩のお兄さんなんだ」
「栄、感づいてたのか?」
「うん。正弥を見てたらなんとなくね」
「そ、そうか。それと、英知さん…極度のシスコンだから。気をつけとけ」
「気を付けないといけないのは正弥でしょ」
…学校の宣伝にもなるかもしれないから実習生を引き受けたとは言っていたけど、まさか、笹井先輩のお兄さんとは。これから二週間面白いことになりそうだ。それにシスコンなら波乱間違いなしだね。この部に笹井先輩を狙う男子が三人もいるとバレたら…。
「土曜日は本当、大変だったんだからな。先輩と話そうにも佳介と英知さんの二人の視線が痛くてさ」
「その現場にいたかったな〜」
「お前な〜…」
そっか…土曜日に笹井先輩のところに行ったから知ってるのか。こうやって正弥が笑顔で話をしているってことはうまくいったんだ。…良かった。少し心配してたけど正弥なら問題なかったよね。
「あと…笹井先輩、今日から部活には来れないって」
「あー…受験だもんね。先輩はきっと難関大学に行くんだろうね」
「…そうだな」
正弥、すごく寂しそうだ。いや、正弥だけじゃない俺だって寂しい。卒業っていう言葉がこんなに重く思うのは今が一番だと思う。
「先輩!」
呼びかけられた方を見ると、廊下の向こうから佳介が走ってきた。…なんで、こんなところに佳介が?
「どうしたの?そんなに急いで」
「面白いことをやるから4時半に部室に来るようにと英知さんに言われたので知らせに来ました」
「面白いこと?」
「はい。面白いことを」
「ふーん…じゃあ、その時間になったら行くから隼一にも言ってきなよ」
「今日、隼一。風邪で休んでます」
「あ、あの隼一が!?」
バカは風邪引かないというのは嘘だったのかな…。
「栄。お前だって風邪引くだろ」
「うん。もちろん」
「だから、馬鹿でも風邪引くんだよ」
…ん?それって俺がバカだってことじゃないか。
「正弥〜?」
「冗談、冗談」
正弥は腹を抱えながら笑った。それにつられて俺も笑ってしまった。
「あ、もうすぐ4時半ですよ」
「分かった。ゴミ捨てたらすぐに行くから先に行ってていいぞ」
「はい!」
佳介は来た時のように走り、去って行った。
「笹井先生、いい人じゃん。俺らに面白いことをしてくれるんでしょ?」
「…だといいな」
「え?」
「本当に面白いことだといいな」
その言い方だとまるで面白くないことが始まるみたい…。
ー部室前ー
「正弥。どうして、ドア開けないの?4時半もう過ぎてるよ?」
「いや…おかしいと思わないか?先に来てるはずの佳介の声が聞こえないんだ」
「待ちくたびれて寝ちゃったんじゃない?」
俺がそう言いながらドアノブに手をかけると正弥が俺の腕を掴んだ。
「ちょっと…待て!」
しかし、その反動でドアノブが回りドアが勢い良く開いた。その瞬間、俺らは何者かに中に引っ張られて入り、ドアがまた勢い良く閉まった。
どこを見ても、真っ暗闇。目を凝らそうにも明かり一つ差していないところでは無理だ。
「な、何事!?正弥どこ?」
さっき、一緒に中に入ったはずの正弥に声をかけるが、返ってくる言葉はない。聞こえる音といえば、物がぶつかっている音だ。無音でも怖いのにその音しか聞こえないのがさらに俺を恐怖に導いている。
「正弥〜?」
もう一度、呼びかけるとすぐ近くで何かが動いた。…気がした。気配がした場所を手探りしてみると髪のようなサラサラとしたものが手に当たった。誰の…髪の毛…?正弥じゃないのは確かだと思うけど。
…っ。しまった。手に絡まった。解かないと…。
「…った」
髪の主はそう言って俺の手を払った。
…おぉ解けた。しかし、この人。誰だろう。どうしよう…幽霊だったら。
「…ここどこ。…暗い」
「その声…。佳介?」
「栄先輩?」
佳介と思われる人物は驚きの声を上げた。
「…佳介。この部屋どうして暗いんだ?」
「俺にも分かりません。部室開けた瞬間に中に引っ張られて、意識がフッとなくなったんです」
「意識はなくならなかったけど佳介と同じ状況でこの部屋に入ったな」
ホラー映画みたい…。人が次々と闇の部屋の中に引きずりこまれるという。
「そういえば、正弥は?俺と一緒に入ったはずなのに」
「足をするような音が聞こえますよ」
佳介にそう言われて耳を澄ますと確かにスースーという音がしている。俺はゴクリと唾を飲み、その音の行方を追った。音はだんだんと近づき俺らの前でピタリと止まった。
…本当に正弥なのかな?
そう思った瞬間、パチリと音がして、視界が一気に真っ白になった。
明か…りが点いた…。
「大丈夫か?お前ら」
「…正弥」
眩しすぎて目が開かないけど、この声は正弥だ。
「正弥先輩。そこの床で伸びてる人は誰ですか?」
「多分…この部屋に俺達を呼んだ人物だろ」
「英知さんですか…」
だんだんと目が慣れてきたから俺も周りを見渡すと確かに伸びてる人がいた。…笹井先生を含めて3人。
「正弥〜。部屋の隅で2人、倒れてるよ」
「あいつらは…戸越兄弟か。多分、寝てるだけだと思うな」
微かに寝息が聞こえるから確かにそうかも…。
「それにしても、正弥。この状況はどゆこと?」
「それは本人に聞いた方が早いだろ」
その本人、どういうわけか伸びちゃってるんだけど…。
佳介は笹井先生の近くに駆け寄り肩を叩きながら呼びかけた。
「英知さん、起きてください。先生に見つかったら大変ですよ」
「…っう。ここはど…」
「俺達の部室です」
「あー…」
教室で見た時とイメージが違ってる。今の笹井先生はまるでイタズラに失敗した子供のようだ。
「この部屋で一体、何をしようとしてたんですか?」
笹井先生は正弥にそう質問されると深く息を吐いてから立ち上がり、体の埃を払うそぶりをした。そして、俺らの顔を一人一人見ると口を開いた。
「親睦会も兼ねて怪談話でもしようかと電気消して暗幕閉めたら真っ暗で前も後ろも分からなくてさ。…っていうわけでこの部屋自体をホラーにすることにした」
それは…はた迷惑な話だね。
「それで…笹井先生。どうして伸びてたんですか?」
「誰かさんに背負い投げ食らったからだよ」
そう言って、正弥を見る笹井先生。正弥。笹井先生を投げたんだ…。確かに暗闇で誰か分からない人に腕を引っ張られたら投げるよね。正弥ならきっと。
「…でも、それだとおかしいよ。俺と正弥はほぼ同時に引っ張られて中に入ったから俺もその騒動に巻き込まれてるはずだよ」
「栄が一人でこけたんじゃないのか?俺を引っ張る腕は見えたけど栄のは見えなかったぞ」
俺も見えなかったけど…あれは絶対、こけたんじゃなくて引っ張られたんだ。
「…おばけじゃないですか?」
「おばけ?佳介。変な冗談言わないでよ」
「冗談ではないです。この前の文化祭の時、合いましたし。この部屋の上の会議室で」(第十四話参照)
「ま、まじで?」
俺の学校、人一人死んでないはずなのに…。
「佳ちゃんの怪談話って面白いよね〜」
「本当の話ですよ?」
「その会議室での話の詳細は分からないけど栄のはきっとそこにいる二人のどちらかが引っ張ったんだろ」
隅で寝ている二人はその正弥の一言のせいか分からないけど、肩がピクリと微妙に動いた。
「それにしても、隼一がいなくて良かったですね。きっと大騒動になってたと思いますよ」
「佳ちゃん、隼一って誰?」
「ふりょ…同じ一年の部員です」
今、不良って言おうとしたよね。佳介は苦笑いしながら俺の顔を見た。
「そういえば…この部活って男ばっかりだな。その中で俺の妹、ななちゃんが、女の子一人っておかしいと思うんだよね」
笹井先生は一瞬、目をギラリと光らせながら俺らにそう言い放った。
いま、背筋が凍った気がした…。教室や、さっきまでの表情とはまた違う別の表情…。噂以上のシスコン。
「英知さん。女子はもう一人いますよ。ですよね?栄先輩」
佳介は機転を利かせて俺にそう話を振ってきたが…。
もう一人の女子って…笹井先輩の友達の桜宮先輩のことだよね。でも、あの先輩、入部してないし、そもそも俺らはまだ勧誘してないからな〜。…ここで先輩のことを言ってもいいのかな。
バタン
その時、部室と生徒会室を結ぶ扉が開かれ、吉田先生が顔を覗かせた。
「そこの三人。ちょっと隣の会議室に来てくれるか?」
「「はいっ!」」
吉田先生は笹井先生と戸越兄弟の三人を目で示しながらそう言った。
…戸越兄弟。いつの間に起きてたんだろう。さっきまで完全に床で寝てたはずなのに。
「え。僕もですか?」
「あぁ。生徒会を紹介したいからな」
「分かりました」
笹井先生はそう言って生徒会室に向かって歩みを進めたが途中でくるりとこちらを振り向いた。
「明日も来るからよろしく〜」
「は…はい」
正弥がそう返事すると笹井先生は微笑をして生徒会室に入って行った。
「…ふー…佳介。今日、一緒に帰れるか?」
「…帰れます」
「…二人ともどうしてコソコソ話してるの?」
「…忘れたのか?この部屋、音漏れ激しいんだぞ」
…そうだった。ここで笹井先生の話をしたら聞かれる。笹井先輩と一緒で怒ると怖そうだからね。…俺、一人っ子だからよくは分からないけど兄妹って、似てる。
…だけど、ということはさっきの騒動、全部、吉田先生に聞かれてた?
ー帰り道ー
「あの…先輩達に謝らないといけないことがあります」
「え?な、何を?」
「俺、英知さんの協力をしてたんです」
「…だろうな。どういうわけか知らないけど俺のことを試してたんだろ?英知さんは」
「はい…。意図は分かりませんがそうみたいです。すみません」
「別に気にしてない。確かに面白いこと…ではあったし」
俺だけ?話についていけてないの。俺だけ?笹井先生がどうして正弥を試したの?というか、佳介が協力してたっていうのどうやってわかったの?
「ちょっ、ちょっと〜二人ともどういうこと?」
「まず、一つ目。無音の部屋。いくら佳介でも先生がいるのに寝るってことはないだろ。二つ目は電気点けたときの反応。いくら、意識を失くしたとしても電気点けたら目がちゃんと見えるようになるまで時間がかかるはずなのにすぐに英知さんの状態に気が付いた。おかしいことが重なるってそんな無いだろ?」
あの暗闇の中でそんな分析をしてたのか。恐るべし正弥。
「さすがですね、正弥先輩。まるで探偵のようです」
「名探偵正弥だね」
「そ、そうか?」
正弥は照れくさそうに笑った。
笹井先生は怖いけど、仲良くなればきっと面白いことを考えてくれそう。明日も来るって言ってたし、期待しておこう。今度はホラーではないといいな〜。
「だけど、正弥先輩。どうして、電気を付けるまで無言だったんですか?」
「実は正弥。怖くて声が出なかったんじゃない?」
「……」
正弥は無言で遠くを見つめた。
あれ?図星だった?
「じゃあ、入って」
「はい」
担任の先生が廊下に向かってそう呼びかけると長身の男の人が入ってきた。そして、教卓の前に立つとクラスを見渡す。
…おぉ。実習生とはいえ先生の風格がすでにある。それと…誰かに似ている。
「初めまして。今日からこのクラスの教育実習生として二週間いさせてもらう笹井英知です。よろしくお願いします」
笹井…?正弥の事をチラリと見ると深刻な顔で俯いていた。笹井先輩と関係があるのかな…。
ー放課後ー
じゃんけんに珍しく負けて俺と正弥はゴミ捨てをしに行くことになった。ゴミ捨て場は一階の一番端の突き当たりの場所に焼却炉がある。ただ、一階といっても俺らのいるクラスとは別の棟にあるため遠い。いつもは面倒くさいから掃除にも参加しないけど今日は実習生がいるから逃げることは不可能だった。
「実習生の人、真面目でなんか怖いね」
「笹井先輩のお兄さんだからな」
「やっぱり、笹井先輩のお兄さんなんだ」
「栄、感づいてたのか?」
「うん。正弥を見てたらなんとなくね」
「そ、そうか。それと、英知さん…極度のシスコンだから。気をつけとけ」
「気を付けないといけないのは正弥でしょ」
…学校の宣伝にもなるかもしれないから実習生を引き受けたとは言っていたけど、まさか、笹井先輩のお兄さんとは。これから二週間面白いことになりそうだ。それにシスコンなら波乱間違いなしだね。この部に笹井先輩を狙う男子が三人もいるとバレたら…。
「土曜日は本当、大変だったんだからな。先輩と話そうにも佳介と英知さんの二人の視線が痛くてさ」
「その現場にいたかったな〜」
「お前な〜…」
そっか…土曜日に笹井先輩のところに行ったから知ってるのか。こうやって正弥が笑顔で話をしているってことはうまくいったんだ。…良かった。少し心配してたけど正弥なら問題なかったよね。
「あと…笹井先輩、今日から部活には来れないって」
「あー…受験だもんね。先輩はきっと難関大学に行くんだろうね」
「…そうだな」
正弥、すごく寂しそうだ。いや、正弥だけじゃない俺だって寂しい。卒業っていう言葉がこんなに重く思うのは今が一番だと思う。
「先輩!」
呼びかけられた方を見ると、廊下の向こうから佳介が走ってきた。…なんで、こんなところに佳介が?
「どうしたの?そんなに急いで」
「面白いことをやるから4時半に部室に来るようにと英知さんに言われたので知らせに来ました」
「面白いこと?」
「はい。面白いことを」
「ふーん…じゃあ、その時間になったら行くから隼一にも言ってきなよ」
「今日、隼一。風邪で休んでます」
「あ、あの隼一が!?」
バカは風邪引かないというのは嘘だったのかな…。
「栄。お前だって風邪引くだろ」
「うん。もちろん」
「だから、馬鹿でも風邪引くんだよ」
…ん?それって俺がバカだってことじゃないか。
「正弥〜?」
「冗談、冗談」
正弥は腹を抱えながら笑った。それにつられて俺も笑ってしまった。
「あ、もうすぐ4時半ですよ」
「分かった。ゴミ捨てたらすぐに行くから先に行ってていいぞ」
「はい!」
佳介は来た時のように走り、去って行った。
「笹井先生、いい人じゃん。俺らに面白いことをしてくれるんでしょ?」
「…だといいな」
「え?」
「本当に面白いことだといいな」
その言い方だとまるで面白くないことが始まるみたい…。
ー部室前ー
「正弥。どうして、ドア開けないの?4時半もう過ぎてるよ?」
「いや…おかしいと思わないか?先に来てるはずの佳介の声が聞こえないんだ」
「待ちくたびれて寝ちゃったんじゃない?」
俺がそう言いながらドアノブに手をかけると正弥が俺の腕を掴んだ。
「ちょっと…待て!」
しかし、その反動でドアノブが回りドアが勢い良く開いた。その瞬間、俺らは何者かに中に引っ張られて入り、ドアがまた勢い良く閉まった。
どこを見ても、真っ暗闇。目を凝らそうにも明かり一つ差していないところでは無理だ。
「な、何事!?正弥どこ?」
さっき、一緒に中に入ったはずの正弥に声をかけるが、返ってくる言葉はない。聞こえる音といえば、物がぶつかっている音だ。無音でも怖いのにその音しか聞こえないのがさらに俺を恐怖に導いている。
「正弥〜?」
もう一度、呼びかけるとすぐ近くで何かが動いた。…気がした。気配がした場所を手探りしてみると髪のようなサラサラとしたものが手に当たった。誰の…髪の毛…?正弥じゃないのは確かだと思うけど。
…っ。しまった。手に絡まった。解かないと…。
「…った」
髪の主はそう言って俺の手を払った。
…おぉ解けた。しかし、この人。誰だろう。どうしよう…幽霊だったら。
「…ここどこ。…暗い」
「その声…。佳介?」
「栄先輩?」
佳介と思われる人物は驚きの声を上げた。
「…佳介。この部屋どうして暗いんだ?」
「俺にも分かりません。部室開けた瞬間に中に引っ張られて、意識がフッとなくなったんです」
「意識はなくならなかったけど佳介と同じ状況でこの部屋に入ったな」
ホラー映画みたい…。人が次々と闇の部屋の中に引きずりこまれるという。
「そういえば、正弥は?俺と一緒に入ったはずなのに」
「足をするような音が聞こえますよ」
佳介にそう言われて耳を澄ますと確かにスースーという音がしている。俺はゴクリと唾を飲み、その音の行方を追った。音はだんだんと近づき俺らの前でピタリと止まった。
…本当に正弥なのかな?
そう思った瞬間、パチリと音がして、視界が一気に真っ白になった。
明か…りが点いた…。
「大丈夫か?お前ら」
「…正弥」
眩しすぎて目が開かないけど、この声は正弥だ。
「正弥先輩。そこの床で伸びてる人は誰ですか?」
「多分…この部屋に俺達を呼んだ人物だろ」
「英知さんですか…」
だんだんと目が慣れてきたから俺も周りを見渡すと確かに伸びてる人がいた。…笹井先生を含めて3人。
「正弥〜。部屋の隅で2人、倒れてるよ」
「あいつらは…戸越兄弟か。多分、寝てるだけだと思うな」
微かに寝息が聞こえるから確かにそうかも…。
「それにしても、正弥。この状況はどゆこと?」
「それは本人に聞いた方が早いだろ」
その本人、どういうわけか伸びちゃってるんだけど…。
佳介は笹井先生の近くに駆け寄り肩を叩きながら呼びかけた。
「英知さん、起きてください。先生に見つかったら大変ですよ」
「…っう。ここはど…」
「俺達の部室です」
「あー…」
教室で見た時とイメージが違ってる。今の笹井先生はまるでイタズラに失敗した子供のようだ。
「この部屋で一体、何をしようとしてたんですか?」
笹井先生は正弥にそう質問されると深く息を吐いてから立ち上がり、体の埃を払うそぶりをした。そして、俺らの顔を一人一人見ると口を開いた。
「親睦会も兼ねて怪談話でもしようかと電気消して暗幕閉めたら真っ暗で前も後ろも分からなくてさ。…っていうわけでこの部屋自体をホラーにすることにした」
それは…はた迷惑な話だね。
「それで…笹井先生。どうして伸びてたんですか?」
「誰かさんに背負い投げ食らったからだよ」
そう言って、正弥を見る笹井先生。正弥。笹井先生を投げたんだ…。確かに暗闇で誰か分からない人に腕を引っ張られたら投げるよね。正弥ならきっと。
「…でも、それだとおかしいよ。俺と正弥はほぼ同時に引っ張られて中に入ったから俺もその騒動に巻き込まれてるはずだよ」
「栄が一人でこけたんじゃないのか?俺を引っ張る腕は見えたけど栄のは見えなかったぞ」
俺も見えなかったけど…あれは絶対、こけたんじゃなくて引っ張られたんだ。
「…おばけじゃないですか?」
「おばけ?佳介。変な冗談言わないでよ」
「冗談ではないです。この前の文化祭の時、合いましたし。この部屋の上の会議室で」(第十四話参照)
「ま、まじで?」
俺の学校、人一人死んでないはずなのに…。
「佳ちゃんの怪談話って面白いよね〜」
「本当の話ですよ?」
「その会議室での話の詳細は分からないけど栄のはきっとそこにいる二人のどちらかが引っ張ったんだろ」
隅で寝ている二人はその正弥の一言のせいか分からないけど、肩がピクリと微妙に動いた。
「それにしても、隼一がいなくて良かったですね。きっと大騒動になってたと思いますよ」
「佳ちゃん、隼一って誰?」
「ふりょ…同じ一年の部員です」
今、不良って言おうとしたよね。佳介は苦笑いしながら俺の顔を見た。
「そういえば…この部活って男ばっかりだな。その中で俺の妹、ななちゃんが、女の子一人っておかしいと思うんだよね」
笹井先生は一瞬、目をギラリと光らせながら俺らにそう言い放った。
いま、背筋が凍った気がした…。教室や、さっきまでの表情とはまた違う別の表情…。噂以上のシスコン。
「英知さん。女子はもう一人いますよ。ですよね?栄先輩」
佳介は機転を利かせて俺にそう話を振ってきたが…。
もう一人の女子って…笹井先輩の友達の桜宮先輩のことだよね。でも、あの先輩、入部してないし、そもそも俺らはまだ勧誘してないからな〜。…ここで先輩のことを言ってもいいのかな。
バタン
その時、部室と生徒会室を結ぶ扉が開かれ、吉田先生が顔を覗かせた。
「そこの三人。ちょっと隣の会議室に来てくれるか?」
「「はいっ!」」
吉田先生は笹井先生と戸越兄弟の三人を目で示しながらそう言った。
…戸越兄弟。いつの間に起きてたんだろう。さっきまで完全に床で寝てたはずなのに。
「え。僕もですか?」
「あぁ。生徒会を紹介したいからな」
「分かりました」
笹井先生はそう言って生徒会室に向かって歩みを進めたが途中でくるりとこちらを振り向いた。
「明日も来るからよろしく〜」
「は…はい」
正弥がそう返事すると笹井先生は微笑をして生徒会室に入って行った。
「…ふー…佳介。今日、一緒に帰れるか?」
「…帰れます」
「…二人ともどうしてコソコソ話してるの?」
「…忘れたのか?この部屋、音漏れ激しいんだぞ」
…そうだった。ここで笹井先生の話をしたら聞かれる。笹井先輩と一緒で怒ると怖そうだからね。…俺、一人っ子だからよくは分からないけど兄妹って、似てる。
…だけど、ということはさっきの騒動、全部、吉田先生に聞かれてた?
ー帰り道ー
「あの…先輩達に謝らないといけないことがあります」
「え?な、何を?」
「俺、英知さんの協力をしてたんです」
「…だろうな。どういうわけか知らないけど俺のことを試してたんだろ?英知さんは」
「はい…。意図は分かりませんがそうみたいです。すみません」
「別に気にしてない。確かに面白いこと…ではあったし」
俺だけ?話についていけてないの。俺だけ?笹井先生がどうして正弥を試したの?というか、佳介が協力してたっていうのどうやってわかったの?
「ちょっ、ちょっと〜二人ともどういうこと?」
「まず、一つ目。無音の部屋。いくら佳介でも先生がいるのに寝るってことはないだろ。二つ目は電気点けたときの反応。いくら、意識を失くしたとしても電気点けたら目がちゃんと見えるようになるまで時間がかかるはずなのにすぐに英知さんの状態に気が付いた。おかしいことが重なるってそんな無いだろ?」
あの暗闇の中でそんな分析をしてたのか。恐るべし正弥。
「さすがですね、正弥先輩。まるで探偵のようです」
「名探偵正弥だね」
「そ、そうか?」
正弥は照れくさそうに笑った。
笹井先生は怖いけど、仲良くなればきっと面白いことを考えてくれそう。明日も来るって言ってたし、期待しておこう。今度はホラーではないといいな〜。
「だけど、正弥先輩。どうして、電気を付けるまで無言だったんですか?」
「実は正弥。怖くて声が出なかったんじゃない?」
「……」
正弥は無言で遠くを見つめた。
あれ?図星だった?