ラッキーセブン部
第三三話 笑顔の疑惑
どうして……こいつだけ帰らなかったのか。そんなことは今更どうでも良くなった。ただ、先輩達が立ち去った直後に、佳介が言ったことに俺は耳を疑った。
「……今なんて言った?」
「……俺、彼女と別れることになった」
初夏だというのに今日はやけに暑い。背中に大粒の汗が流れる。
あんなに悩んでいた佳介がこの度、別れることになった。冗談で言っているわけでないのはその声と目で分かる。
「俺の心が定まってないことが彼女に分かったらしい。だから、一度別れようってことになった」
「じゃあ、お前は……」
俺はそこで口をつぐんだ。こいつが別れたとかそんなことはよく考えれば俺に関係ない。しかし……冷静に慎重に言葉を選びながら話す佳介の顔を俺はまじまじと見てしまう。どうして、こんな事を俺に言うんだ。俺への挑戦状のつもりか。佳介は初めて見た時から優柔不断な奴だと思ってた。
どっちつかずで中立の立場。
そんな奴がこんなにすんなりと別れを決めることができるのだろうか。
「笹井先輩を好きになったのは俺が最初だよ。中学のあの頃から俺は笹井先輩が好きなんだ」
決心したかのようにそう言う。だから、なぜ俺に言う。
……中立だからこそ、笹井先輩一筋になれたってことか。
「佳介が最初だったからなんなんだよ」
俺は敢えて反抗的に答えた。それを聞いて佳介は少し苦笑したかと思うとまた真顔に戻った。
「だから、俺が最初ってことは俺が一番先に笹井先輩と知り合ってるんだ。意味わかるよね」
「……っ」
そうだった。あの部員の中で一番先に笹井先輩に出会ってるのは中学が一緒だった佳介だ。人はあった回数だけその人のことが気になるという本当かどうかわからない説があるのは知ってるが……。多分、佳介はその事を言いたいんだろう。それにあの中で一番後なのはこの俺だ。やはり、これは挑戦状として受け取った方がいいみたいだな。
笹井先輩か……。告白にはいきなり過ぎたか。先輩、すごく驚いてたもんな。中高一貫男子校に一時期通っていたせいか女と関わりのなかった俺は笹井先輩に一瞬で一目惚れした。その勢いで告白したんだからな。勢いといえば、この前の桜宮先輩の告白の一件が気になって仕方ない。接点のない、あったとしても喧嘩しかしてないのに俺の事が好きだなんて。好きとかそういう事ではなく、俺の過去を知ってるかもしれないという唯一の存在として気になる。
佳介の状況とは大分違うが二人の女の事で悩むのは似ている。佳介は彼女と別れたから再スタートって感じか。
「何か俺達、入れ替わったみたいだな」
「……は?」
佳介は不思議そうな呆れた顔で、俺を見た。少しイラッとした。
「詳しくは言えないけど……前のお前みたいに今、二人の女について悩んでんだよ」
「え……もう一人って誰?」
「詳しく言わないって言ってんだろ」
佳介は興味津々のようだったが、俺が睨みをきかせると口をつぐんだ。
佳介には言うべきではなかったかな。
佳介と顔を合わせたくない俺は窓の方へ目をやったが差し込む太陽の光が眩しくてすぐに目をそむけた。
「暑いな……」
「それずっと思ってた。この家、エアコン無いんだね」
「電気代削減だ」
「我慢強いな〜」
佳介はクスッと笑った。何が面白いのか分からないけど真面目な顔されるより断然マシだ。それでなくても、こいつは無表情の時が多いから何考えてんのか分からない。感情がないわけではないんだろうにな。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
中一の夏……。
「カード当たった!見て!じゅん!」
彼は満面な笑みで俺を見た。
「お前、本当にカード好きだな」
俺も同じように笑い返す。
彼の名前は京。同じクラスで席が近いから入学式の時から仲が良かった。
小学校から近いところの中学校に行くのが当たり前だが、俺はあえて中学受験をして中高一貫の男子校に来た。だから、知っている奴が全くいない。
彼の説明から脱線してしまったな。京は睫毛が長く、くっきりとした二重で男というよりは女みたいな顔をしたやつでカードゲームが大好きだ。京の影響で俺もやるようになった。そして、いま、俺は京の家でカードゲームをやっている。
「カードゲーム始めたのねぇちゃんの影響なんだけどね」
「俺とは違って姉さんの事好きだもんな」
俺と姉さんは年が5歳離れているが、彼は2歳しか変わらないらしく仲がいい。それを羨ましく思ったりする、今日この頃。別に自分の姉さんと仲が良くなりたいわけじゃなく京の姉さんみたいな優しくて物静かな姉さんが自分の実の姉だったらと思うだけだ。
「す、好きって……そ、そんなんじゃないよ!それにねぇちゃんには彼氏がいるんだ」
「慌てすぎだろ」
「だって、じゅんが変なコト言うから」
顔を赤くして手をバタバタさせる京が滑稽で俺は腹を抱えて笑った。そうするとさらに京は顔を真っ赤にする。こいつはからかうと本当に面白い。
ガチャ
その時、玄関のドアが開く音で俺達は肩をビクリとさせ、それまでの行動が止まった。
京の姉さんが学校から帰ってきたのだ。
足音が徐々に近づいてきて、居間に入ってきた。
「ただいま、京。いらっしゃい、隼一くん」
おさげにメガネ、長いスカート。典型的な真面目な姉さん。メガネの奥の優しい瞳は純粋な心をうかがわせる。
京はさっきまでの会話が恥ずかしいのか俯きながら小さくおかえりと呟いた。
「お邪魔してます。……あれ?メガネ変えました?」
「あ、わかった?相変わらず、隼一くんは鋭いね」
嬉しそうに目を細める京の姉さん。そして、メガネに少し触れてまた嬉しそうに微笑む。それを見ているとそのメガネがただのメガネではないということがわかる。
彼氏からのプレゼントってとこか……。
「……じゅん」
まだ俯きながら京は俺の事を呼んだ。
「どうした?」
「カード……買いにいこうよ」
「……?分かった。あの、お邪魔しました」
「また来てね、隼一くん。京、そんなに買ったら怒られるから気をつけてね」
京の姉さんに見送られながら、俺達は家をあとにした。
俺は京の後ろをついて行って近くの公園に入った。公園といっても遊具があるわけじゃなく散歩道のような場所にベンチがいくつか並んでいるようなところだ。そんな所に行く時点でカードを買いに行くわけじゃないのは分かった。俺はその前からなんとなく分かっていたけどな。
「カード買いに行くなんてウソだろ」
「じゅんに、ウソつくつもりはないよ。ねぇちゃんにバレなきゃそれでいい」
「……」
あの場にいたくなかったのか。それともほかの理由か。今の俺にはそれは分からなかった。
「じゅんは叶わない夢とかある?」
公園の出入り口に近い場所のベンチに座ると京は問いかけてきた。
「んーそうだな。テストで100点取ることかな」
「えーそこは頑張ろうよ」
「いや、無理だって」
「無理じゃないよ。それを夢と思ってる限り」
笑顔でそう断言されると何も言えなくなる。
「もし叶ったらじゅんに良いものあげるよ」
「本当か!?」
「そのかわり、じゅんも僕の夢が叶ったら僕に良いものちょうだい」
「いいけど……京の夢って何?」
「それは叶ったら言うよ」
やはり、笑顔でそう言われたらもう何も言えなかった。
***
中二になって俺と京はクラスが離れた。
会えないわけじゃないけれど、俺もあいつもクラスで友達が出来たし、住んでるところも離れていたから、わざわざ会いに行くこともなかった。
「隼一だっけ?君、空手部に入ってるんだよね?強いんだろうな〜」
馴れ馴れしく話しかけてくるやつに俺は嫌悪を感じたが無視するのは新学期早々良くないと思い、適当に返事を返した。
「えっと……誰?」
「俺は……柔道部の方だから君は知らないかな。八田侑(やたゆう)って言う名前なんだけど」
「八田…侑」
確か、柔道部で一番強いらしいという噂は聞いたことがあった。でも、柔道部で揉め事があったという噂も聞いている。
「……って、え?何で俺の名前、知ってんの?」
俺は空手部で有名でもないし、中一の時クラスの中で派手でも地味でもなかったと思う。
「何でって、さっき、自己紹介で名前と部活名言ってたじゃん。忘れたのか?」
「そういえば、そうだな」
呆れ顔で笑う侑を見ていると揉め事を起こすような奴じゃない気がした。そういうわけでそれを期に俺の友達になった。
ある日、俺はあまり使われていない方の校舎の階段を放課後、掃除しに行くことになった。班員で掃除をする筈なのだが二人はサボり、一人は休み、二人は委員会に行ってしまって、残された俺はただ一人掃除用具を手にしていた。
何で使われてないのに掃除しないといけないんだよ。こういう所は業者がやるもんだろ。
『……まだ……こと言っ……かよ』
あれ?話し声が上から聞こえる。屋上って、入っちゃいけないんじゃなかったっけ?踊り場にいる一人の顔だけ確認することが出来た。あれは侑……?
『……れは……少し……くれ』
険しい顔で何かを訴えている。一体、何の話をしてるんだろうか。ほとんど聞こえな……。
「うわぁっ」
その瞬間、階段を転げ落ちてきたのは侑だった。
「お、おい。大丈夫か?」
俺は思わず、掃除用具を放り投げて侑に駆け寄った。
「いってて……。あ?隼一、何でここに」
さすが、柔道部員というべきか、受身の姿勢をとっていて大した怪我はないようだ。
「掃除しに来たんだよ。お前こそどうして……」
どうしてここにいるのかを尋ねようとしたとき、上から話してた相手だろう人が三人降りてきた。
「やべっ……」
その三人はそう呟くと俺達の横を通り過ぎ、急ぎ足で下へ降りていった。
「はぁ…まさか踏み外すと思わなかった」
「こんな所で何してたんだ?」
「ちょっと……柔道部の奴らとな。話し合いしてた」
話し合いっていうか、喧嘩一歩手前って感じに見えたんだけどな。
「喧嘩一歩手前って思っただろ」
「いや、思ってないよ」
「断言するなよ」
苦笑を浮かべる侑にその時、少し違和感を感じていた。
***
次の日、俺はまた例によって使われていない方の校舎の掃除をしに行くとまた階段の踊り場で侑と誰かが話していた。話の邪魔はしたくないけれど、昨日のように喧嘩(?)が始まるかもと思った俺は思い切って階段を上がってみた。
「……じゅん!」
「京!?」
「あれ?二人とも知り合いなの?」
侑が話していた相手は京だった。妙な組み合わせに俺は戸惑った。そんな様子を見た侑はそんなに疑問を持っている風でもなく俺達のことを交互に見ながらそう言った。
「あぁ。元クラスで仲良かったんだ。侑と京は……?」
「僕と侑は幼なじみだよ」
「そんで、元柔道部仲間」
この二人に接点があったなんて驚きだ。そういえば、京は柔道部に入っていたんだっけ。
「昨日と同じこと聞くけどさ。なんでこんなところにいるんだ」
「……昨日と同じ?」
俺の言葉に京が険しい顔をする。京がこんな顔するなんて滅多にないよな。昨日と同じだとなにか問題があるのか。
「だから、ちょっとした話し合いだっての」
侑は京とは逆に笑顔でそう言った。胡散臭い……。
「それって……柔道部関係なのか?」
「だったら、どうする」
「いや、俺が首を突っ込んでいい話じゃないのは分かるけど、友達として揉め事とかに関わってほしくない……」
「じゅんは巻き込みたくなかったのに」
京は静かにそう言うと、俺達を置いて階段を下りていった。
巻き込みたくなかった……?現在完了?ということはもう巻き込まれてるのか?
「おい、本当にどういうことなんだ?」
「そのうち、分かるんじゃね」
侑は苦笑しながらそう言って、京のように俺を置いて階段を下りていった。
残された俺はただ呆然と二人がいなくなった階段を見つめた。
……引き止めて、ちゃんと聞くべきだったな……
「……今なんて言った?」
「……俺、彼女と別れることになった」
初夏だというのに今日はやけに暑い。背中に大粒の汗が流れる。
あんなに悩んでいた佳介がこの度、別れることになった。冗談で言っているわけでないのはその声と目で分かる。
「俺の心が定まってないことが彼女に分かったらしい。だから、一度別れようってことになった」
「じゃあ、お前は……」
俺はそこで口をつぐんだ。こいつが別れたとかそんなことはよく考えれば俺に関係ない。しかし……冷静に慎重に言葉を選びながら話す佳介の顔を俺はまじまじと見てしまう。どうして、こんな事を俺に言うんだ。俺への挑戦状のつもりか。佳介は初めて見た時から優柔不断な奴だと思ってた。
どっちつかずで中立の立場。
そんな奴がこんなにすんなりと別れを決めることができるのだろうか。
「笹井先輩を好きになったのは俺が最初だよ。中学のあの頃から俺は笹井先輩が好きなんだ」
決心したかのようにそう言う。だから、なぜ俺に言う。
……中立だからこそ、笹井先輩一筋になれたってことか。
「佳介が最初だったからなんなんだよ」
俺は敢えて反抗的に答えた。それを聞いて佳介は少し苦笑したかと思うとまた真顔に戻った。
「だから、俺が最初ってことは俺が一番先に笹井先輩と知り合ってるんだ。意味わかるよね」
「……っ」
そうだった。あの部員の中で一番先に笹井先輩に出会ってるのは中学が一緒だった佳介だ。人はあった回数だけその人のことが気になるという本当かどうかわからない説があるのは知ってるが……。多分、佳介はその事を言いたいんだろう。それにあの中で一番後なのはこの俺だ。やはり、これは挑戦状として受け取った方がいいみたいだな。
笹井先輩か……。告白にはいきなり過ぎたか。先輩、すごく驚いてたもんな。中高一貫男子校に一時期通っていたせいか女と関わりのなかった俺は笹井先輩に一瞬で一目惚れした。その勢いで告白したんだからな。勢いといえば、この前の桜宮先輩の告白の一件が気になって仕方ない。接点のない、あったとしても喧嘩しかしてないのに俺の事が好きだなんて。好きとかそういう事ではなく、俺の過去を知ってるかもしれないという唯一の存在として気になる。
佳介の状況とは大分違うが二人の女の事で悩むのは似ている。佳介は彼女と別れたから再スタートって感じか。
「何か俺達、入れ替わったみたいだな」
「……は?」
佳介は不思議そうな呆れた顔で、俺を見た。少しイラッとした。
「詳しくは言えないけど……前のお前みたいに今、二人の女について悩んでんだよ」
「え……もう一人って誰?」
「詳しく言わないって言ってんだろ」
佳介は興味津々のようだったが、俺が睨みをきかせると口をつぐんだ。
佳介には言うべきではなかったかな。
佳介と顔を合わせたくない俺は窓の方へ目をやったが差し込む太陽の光が眩しくてすぐに目をそむけた。
「暑いな……」
「それずっと思ってた。この家、エアコン無いんだね」
「電気代削減だ」
「我慢強いな〜」
佳介はクスッと笑った。何が面白いのか分からないけど真面目な顔されるより断然マシだ。それでなくても、こいつは無表情の時が多いから何考えてんのか分からない。感情がないわけではないんだろうにな。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
中一の夏……。
「カード当たった!見て!じゅん!」
彼は満面な笑みで俺を見た。
「お前、本当にカード好きだな」
俺も同じように笑い返す。
彼の名前は京。同じクラスで席が近いから入学式の時から仲が良かった。
小学校から近いところの中学校に行くのが当たり前だが、俺はあえて中学受験をして中高一貫の男子校に来た。だから、知っている奴が全くいない。
彼の説明から脱線してしまったな。京は睫毛が長く、くっきりとした二重で男というよりは女みたいな顔をしたやつでカードゲームが大好きだ。京の影響で俺もやるようになった。そして、いま、俺は京の家でカードゲームをやっている。
「カードゲーム始めたのねぇちゃんの影響なんだけどね」
「俺とは違って姉さんの事好きだもんな」
俺と姉さんは年が5歳離れているが、彼は2歳しか変わらないらしく仲がいい。それを羨ましく思ったりする、今日この頃。別に自分の姉さんと仲が良くなりたいわけじゃなく京の姉さんみたいな優しくて物静かな姉さんが自分の実の姉だったらと思うだけだ。
「す、好きって……そ、そんなんじゃないよ!それにねぇちゃんには彼氏がいるんだ」
「慌てすぎだろ」
「だって、じゅんが変なコト言うから」
顔を赤くして手をバタバタさせる京が滑稽で俺は腹を抱えて笑った。そうするとさらに京は顔を真っ赤にする。こいつはからかうと本当に面白い。
ガチャ
その時、玄関のドアが開く音で俺達は肩をビクリとさせ、それまでの行動が止まった。
京の姉さんが学校から帰ってきたのだ。
足音が徐々に近づいてきて、居間に入ってきた。
「ただいま、京。いらっしゃい、隼一くん」
おさげにメガネ、長いスカート。典型的な真面目な姉さん。メガネの奥の優しい瞳は純粋な心をうかがわせる。
京はさっきまでの会話が恥ずかしいのか俯きながら小さくおかえりと呟いた。
「お邪魔してます。……あれ?メガネ変えました?」
「あ、わかった?相変わらず、隼一くんは鋭いね」
嬉しそうに目を細める京の姉さん。そして、メガネに少し触れてまた嬉しそうに微笑む。それを見ているとそのメガネがただのメガネではないということがわかる。
彼氏からのプレゼントってとこか……。
「……じゅん」
まだ俯きながら京は俺の事を呼んだ。
「どうした?」
「カード……買いにいこうよ」
「……?分かった。あの、お邪魔しました」
「また来てね、隼一くん。京、そんなに買ったら怒られるから気をつけてね」
京の姉さんに見送られながら、俺達は家をあとにした。
俺は京の後ろをついて行って近くの公園に入った。公園といっても遊具があるわけじゃなく散歩道のような場所にベンチがいくつか並んでいるようなところだ。そんな所に行く時点でカードを買いに行くわけじゃないのは分かった。俺はその前からなんとなく分かっていたけどな。
「カード買いに行くなんてウソだろ」
「じゅんに、ウソつくつもりはないよ。ねぇちゃんにバレなきゃそれでいい」
「……」
あの場にいたくなかったのか。それともほかの理由か。今の俺にはそれは分からなかった。
「じゅんは叶わない夢とかある?」
公園の出入り口に近い場所のベンチに座ると京は問いかけてきた。
「んーそうだな。テストで100点取ることかな」
「えーそこは頑張ろうよ」
「いや、無理だって」
「無理じゃないよ。それを夢と思ってる限り」
笑顔でそう断言されると何も言えなくなる。
「もし叶ったらじゅんに良いものあげるよ」
「本当か!?」
「そのかわり、じゅんも僕の夢が叶ったら僕に良いものちょうだい」
「いいけど……京の夢って何?」
「それは叶ったら言うよ」
やはり、笑顔でそう言われたらもう何も言えなかった。
***
中二になって俺と京はクラスが離れた。
会えないわけじゃないけれど、俺もあいつもクラスで友達が出来たし、住んでるところも離れていたから、わざわざ会いに行くこともなかった。
「隼一だっけ?君、空手部に入ってるんだよね?強いんだろうな〜」
馴れ馴れしく話しかけてくるやつに俺は嫌悪を感じたが無視するのは新学期早々良くないと思い、適当に返事を返した。
「えっと……誰?」
「俺は……柔道部の方だから君は知らないかな。八田侑(やたゆう)って言う名前なんだけど」
「八田…侑」
確か、柔道部で一番強いらしいという噂は聞いたことがあった。でも、柔道部で揉め事があったという噂も聞いている。
「……って、え?何で俺の名前、知ってんの?」
俺は空手部で有名でもないし、中一の時クラスの中で派手でも地味でもなかったと思う。
「何でって、さっき、自己紹介で名前と部活名言ってたじゃん。忘れたのか?」
「そういえば、そうだな」
呆れ顔で笑う侑を見ていると揉め事を起こすような奴じゃない気がした。そういうわけでそれを期に俺の友達になった。
ある日、俺はあまり使われていない方の校舎の階段を放課後、掃除しに行くことになった。班員で掃除をする筈なのだが二人はサボり、一人は休み、二人は委員会に行ってしまって、残された俺はただ一人掃除用具を手にしていた。
何で使われてないのに掃除しないといけないんだよ。こういう所は業者がやるもんだろ。
『……まだ……こと言っ……かよ』
あれ?話し声が上から聞こえる。屋上って、入っちゃいけないんじゃなかったっけ?踊り場にいる一人の顔だけ確認することが出来た。あれは侑……?
『……れは……少し……くれ』
険しい顔で何かを訴えている。一体、何の話をしてるんだろうか。ほとんど聞こえな……。
「うわぁっ」
その瞬間、階段を転げ落ちてきたのは侑だった。
「お、おい。大丈夫か?」
俺は思わず、掃除用具を放り投げて侑に駆け寄った。
「いってて……。あ?隼一、何でここに」
さすが、柔道部員というべきか、受身の姿勢をとっていて大した怪我はないようだ。
「掃除しに来たんだよ。お前こそどうして……」
どうしてここにいるのかを尋ねようとしたとき、上から話してた相手だろう人が三人降りてきた。
「やべっ……」
その三人はそう呟くと俺達の横を通り過ぎ、急ぎ足で下へ降りていった。
「はぁ…まさか踏み外すと思わなかった」
「こんな所で何してたんだ?」
「ちょっと……柔道部の奴らとな。話し合いしてた」
話し合いっていうか、喧嘩一歩手前って感じに見えたんだけどな。
「喧嘩一歩手前って思っただろ」
「いや、思ってないよ」
「断言するなよ」
苦笑を浮かべる侑にその時、少し違和感を感じていた。
***
次の日、俺はまた例によって使われていない方の校舎の掃除をしに行くとまた階段の踊り場で侑と誰かが話していた。話の邪魔はしたくないけれど、昨日のように喧嘩(?)が始まるかもと思った俺は思い切って階段を上がってみた。
「……じゅん!」
「京!?」
「あれ?二人とも知り合いなの?」
侑が話していた相手は京だった。妙な組み合わせに俺は戸惑った。そんな様子を見た侑はそんなに疑問を持っている風でもなく俺達のことを交互に見ながらそう言った。
「あぁ。元クラスで仲良かったんだ。侑と京は……?」
「僕と侑は幼なじみだよ」
「そんで、元柔道部仲間」
この二人に接点があったなんて驚きだ。そういえば、京は柔道部に入っていたんだっけ。
「昨日と同じこと聞くけどさ。なんでこんなところにいるんだ」
「……昨日と同じ?」
俺の言葉に京が険しい顔をする。京がこんな顔するなんて滅多にないよな。昨日と同じだとなにか問題があるのか。
「だから、ちょっとした話し合いだっての」
侑は京とは逆に笑顔でそう言った。胡散臭い……。
「それって……柔道部関係なのか?」
「だったら、どうする」
「いや、俺が首を突っ込んでいい話じゃないのは分かるけど、友達として揉め事とかに関わってほしくない……」
「じゅんは巻き込みたくなかったのに」
京は静かにそう言うと、俺達を置いて階段を下りていった。
巻き込みたくなかった……?現在完了?ということはもう巻き込まれてるのか?
「おい、本当にどういうことなんだ?」
「そのうち、分かるんじゃね」
侑は苦笑しながらそう言って、京のように俺を置いて階段を下りていった。
残された俺はただ呆然と二人がいなくなった階段を見つめた。
……引き止めて、ちゃんと聞くべきだったな……