ラッキーセブン部
第三四話 抱えた傷(1/2)
暑い……。額から背中から流れる汗が肌にまとわりついて気持ち悪い。俺はこの季節がすごく苦手だ。外に出るだけで倒れそうになるし、中と外の温度差が激しくなってさらに吐き気をもよおしそうになるからだ。暑すぎると思考が上手くいかなくなる感じもするし、嫌な要素しか思い浮かばない。

夏は本当に嫌いだ。

……

「あづい……ありえねぇ。こんな時に講習なんて」
「仕方ないよ。成績の悪い人は講習受けないといけないんだから」
「侑、お前、頭悪かったんだな」
「大きなお世話。それに隼一よりは頭がいいつもりだよ」
「うるせー。俺は出来るけどやらないタイプだー」

あの時から季節は早くも巡り、俺は中三になった。つまり、高校受験を控えた受験生ってわけだ。夏休みの講習もこうやって真面目に出るほど俺はそこそこに受験の心構えを持ち始めてきていた。やっぱり、入るなら都立を目指さないとな。本当はスポ薦で入りたいけれど、なかなか空手で入れてくれるところがないみたいで俺は仕方なく勉強を頑張ることにした。

「この講習が終わったら部活あるけど行くのか?」

先生がプリントを職員室に忘れたらしく取りに行っている。今はその待ち時間。侑は後ろを振り向いて俺に話しかけてきている。

「行くに決まってるだろ。お前は行くのか?」
「正直、行くのめんどくさい。だからって、この講習が午前中に終わって真昼間この炎天下の中、帰るのはつらいよな」

侑は苦笑いでそう言った。
あれ以来、侑と京それから柔道部員達との間で何が起こっているのか俺は知ることが出来なくなっていた。いや、旧校舎のあの階段で会ったことの方がむしろ、奇跡に近かったのかもしれない。侑は以前と変わらず、それ以上に俺といるようになった。その影響なのか柔道部員のあの三人も時々、俺と話すようになった。今だって、俺の前は侑、侑の横一列はその三人というどうにも落ち着かない席順だ。
その四人と仲良く(?)なる一方で俺と京の間にはいきなり深い溝ができたような気がしていた。たまに廊下ですれ違うと京は俺を避けるようにして俯いて足早に俺の横を通り過ぎていく。いくらなんでもあからさますぎる。そう思った俺は京の教室に行って京に聞こうとするが、『なんでもない』の一点張りでそれ以上に追求できなかった。一歩、足を踏み入れれば落ちてしまうような。そんな底なしの深い溝で一線を引かれたような感覚だった。

「……一。……隼一。おい、隼一」
「あっ?ど、どうした?」
「お前がどうした。大丈夫か?ぼっーとして具合悪いのか?」
「考え事してただけだ。大丈夫」
「そうか?無理すんなよ。熱中症なんて洒落にならないからな」
「熱中症なんて小学一年生の運動会以来一度もねぇよ」
「一度はあるんだな」

侑は心配そうな顔で俺を見た。侑の父親が医者のせいなのか侑はこういうことに少しだけ口うるさいところがある。将来は医者になりたいと言っていたし、俺とは違って父親のこと尊敬してるんだろうな……。将来、どうしようか……。


…………

いつ意識を失ったのか分からない。気づいたら白いカーテンが四方を囲み、エアコンの風が適温で室内に流れていて消毒の匂いがする保健室にいた。侑の言う通り本当に洒落にならなかったみたいだ。起き上がると少しだけ頭が重くクラクラした。カーテンにしがみついて堪えると俺はカーテンを開けベットから離れた。足元がぐらつくが、立てないほどではない。足を踏ん張り確実に一歩一歩進む。室内を見回すが保健室の先生はいないみたいだ。夏休みに、先生がいるわけないか。俺はとりあえず、自分の教室に戻るべくまた一歩一歩進んで、保健室の入り口の扉に掴まった。
俺は扉を開けようとしたが、そこで動作を止めた。正確には止めざるおえなかった。廊下で聞いたことのある二人の声が何かを話していた。
またこの展開か……。なんで俺はいつも何かを隔てて盗み聞きみたいなことをしてるんだろうか。

『どうしてそんなこと言うの?侑は僕の何が気に入らないの?』
『お前がいると、俺の評価が落ちるからに決まってんだろ。何もできない俺のことをいつも見下してるんだろ……。才能があるやつはいいよな。何でも手に入れられるから』
『僕は一度だって君のことを見下したことなんてない。いいライバルだと思ってたよ』
『じゃあ、なんで柔道部辞めたんだよ。俺に大会出させようとしたからだろ』
『それは……違うよ。僕はそんなつもりじゃなかった。僕も大会に出たかった。でも、僕はそれよりも大切なことがあったから』
『嘘つくなよ』
『嘘じゃないっ!』

……去年、階段であった時も二人はこの話をしてたんだろうか。そうであってもなくても部外者の俺が口を挟むことはできない。俺は、二人の会話をこれ以上聞くのをやめて、この二人が去るまでベットで寝ようと思い、扉の取っ手から手を離した。

ドタッ

それと同時に鈍い音が扉の向こう側から聞こえた。

『京っ!』

侑のその悲鳴に近い声を聞いて俺はすぐさま保健室の扉を開けて廊下へ飛び出した。目の前には意識を失って倒れてる京とそれを見て呆然と立ったまま固まってる侑がいた。侑は、俺が出てきたことにびっくりしたのか大きく目を見開いた。

「お、俺のせいじゃないっ!」

怯えた表情で俺にそう訴えてきた侑に少しだけ苛立ちを覚えた。

「今、そんなこと追求してる場合じゃねぇだろ?先生呼んでこい!」
「あ……あぁ」

俺がそう怒鳴りつけると侑は弾かれたように走り出した。
俺は倒れてる京の近くに座り呼びかけるが、苦しそうな表情と荒い息遣いをするだけで呼びかけには応じなかった。とりあえず、涼しい保健室の中に運んだほうがいいか。けど、熱中症が治っていない俺一人じゃ中に運び入れるのは少し難しい。
俺は保健室から冷えピタと水で濡らしたタオルを取ってきて京の額と首に張り付けた。
久々に見た京の顔は苦しそうに、そして悲しそうな顔をしていた。ふとさっきの二人の会話が頭をよぎる。侑のイライラした声が冷たく言い放つ言葉の数々、それに必死に反論しようとする京の弱々しい声。一体、この二人に何があったっていうんだろうか。俺が階段で二人にあった時より状況が悪化しているように思えた。
俺が口出したところで何かが変わるような気はしない。
それに、こんな苦しい顔をしてるのは熱中症だからだろ。あまり深くは考えない方がいいか。
などと、俺はまた心のどこかで逃げようとしていた。けど、部外者だからってこのままほっといていいのか?俺には何もできないのか?俺がここで追求せず目を背けたら次はないんじゃないだろうか。
……けれど、深く考えようとするのを強制的にやめさせられるかのように一瞬のうちに俺はまた深い闇の中へ飲み込まれていた。
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