ラッキーセブン部
第三四話 抱えた傷(2/2)
気がついたときには再び俺はベットに横になっていた。ただ一つ違うのは寝ている場所が保健室ではなく自分の部屋にある二段ベットの下の段だということ。
俺は起き上がってゆっくりと辺りを周りを見回した。カーテンはぴっちり閉まっている。暑い夏でも滅多につくことのないエアコンがついていた。姉さんの勉強机には乱雑に鞄など教科書が散らばっていた。俺の勉強机には俺の鞄が置いてある。あーやっぱり俺の家だわ。
俺は京の看病をしている間にまた倒れてしまったのだろう。そういえば、京はどうなったんだ?ちゃんと病院には行ったんだろうか。
〜♪
その時、俺の勉強(しない)机の上で携帯の電子音が鳴り響いていた。
近寄って携帯を見ると表示されてる名前に俺は驚いた。そして、俺は恐る恐る携帯を耳にあてがった。
「もしもし。……どうした?侑」
「あ……えっと……隼一大丈夫か?」
「んーまぁ、そこそこ」
「そうか。……安静にしてろよ」
「うん。でも、もう充分寝たから大丈夫だと思うけどな。それより……京はどうなったんだ?」
「……あー……ただの、熱中症みたいだから大丈夫」
「俺と同じか。じゃあ、今は家にいるんだな?」
「……あ、いや……病院にいる」
「そんなにひどいのか……?」
「いや、そこまで深刻じゃないよ、多分」
侑が何かを言いあぐねて、適当に言葉を並べているような感じを俺はその時、直感的に受けた。表情が見えなくてもここまで感情は伝わってくるもんなんだな。
「病院ってお前の父さんのとこ?」
「さぁな」
「違うのか?」
「だったら、なんだよ」
侑の声色がいつの間にか怒った口調に変わり、さっき保健室の前で話していた時の侑を連想させた。
「あのさ、俺……さっきの保健室の前での会話、聞いたんだ。お前、京と何かあったのかなと思って」
「だとしたら、お前は何かするのか?」
恐る恐る疑問を口にしてみたが案の定、侑の声にさらに怒りが増していた。それでも、俺は言葉を続けた。
「いや、お前と口論する気はないんだけど。ただ二人の空気が悪いと俺が困る」
「……隼一の都合に合わせて仲良くなんて出来ない」
「仲良かったんじゃないのか?」
「……何も知らない奴が口出しするなよ」
「知らないから、聞いてるんだよ!」
「うるせぇ!お前には関係ないだろっ!」
「俺は侑とも京ともこれからも良いダチでいたいんだよ。お前らがそんなだと俺どう対応していいかわからないだろ」
「……どうせお前も俺らを天秤にかけるんだろ」
「え?」
「……なんでもねぇよ」
電話の向こう側で侑は苛立ちのこもった舌打ちをし、電話を切った。
俺はその場で呆然と固まった。
初めてだ。
脳で考えて話さないで感情のままに口から言葉を発したのは。
そして、その結果、話がこじれることも初めて知った。手に持ったままの携帯からはやけに遅い脈拍のリズムで刻む通話終了の音が延々と流れていた。
「つかれたー……って、隼一。あんた何してんの?寝てなきゃダメじゃん」
気付くと姉さんが部屋の入り口に立って俺のことを呆れ顔で見ていた。コンビニ帰りなのか両手にはビニール袋を下げていた。胸の見えそうな服と太ももが見える短パンを着ている。
「姉さん……また露出の高い服着て」
「ファッションなの。……てか、あんたは大人しく寝てな」
姉さんはそう言いながら俺の手から携帯を取り上げ、毛布をかぶせようとする。
「姉さん。俺、病院行きたいんだけど」
俺が必死に手を伸ばし携帯を取り返しながらそう言うと姉さんは驚きの表情で俺を見た。
「え……そこまで辛いの?それならそうと早く言ってよ。救急車呼ぶから」
「いや、姉さんのバイクで連れてって」
「いいけど。途中で倒れないでよ」
……
俺は姉さんと最近買い換えたという姉さんのバイクに乗って大病院に向かった。
横を通り抜ける風が涼しい。通り過ぎる景色は車なんかより速く見える。そういえば、こうして姉さんにバイクでどこかへ連れて行ってもらうのは久しぶりだ。
「もっとしがみつかないと落ちるよ」
「しがみついたら暑いだろ」
「この〜振り落とすよ?」
「うわぁ、やめろっ!」
「冗談。病人を落とす訳無いでしょ?」
「病人じゃなかったら落としてんのかよ」
姉さんは冗談でも振り落としそうだから怖い。実際、前に一度落とされそうになった。その時は間一髪で助かったけど。
「それにしても、あんた何かあったの?」
「え?」
「隼一。病院嫌いなのに、自分から行きたいなんて言うから」
急にそう言われ、俺はギクリとした。何かを察しられた?姉さんは前を向いていてヘルメットもしてるから表情は分からない。ただ単に心配してるだけか。
「何もないし、それは子供の頃の話だろ」
「今も十分、子供でしょ」
「……」
「気持ち的に大人になりたいのは分かるよ。あたしだって、そんな時あったからさ。悩み多き中学生、一人で抱えても辛いよ?あたしに打ち明けてご覧よ」
姉さんの口調は軽くても決して不真面目に聞こうとしているわけではない気がして、俺は気がつくと言葉が口からついて出てきていた。
「実は……京と侑が……言い合いしてるのを聞いたんだ。二人、ずっと前から何かでもめてるみたいでさ……。でも俺、何もできなくて。というか、なにかしていいのかって思って。そんな時に京が倒れたから、なんか色々タイミング合いすぎて不安で仕方ないんだ」
「そっか……」
俺の伝えたかったことを理解してくれたのか分からないけれど、姉さんは少し何かを考えている様子だった。
「一応、聞くけどその二人は昔は仲良かったの?」
「……え」
思えばあの二人は幼馴染みというだけで仲がいいとか悪いとかは知らない。俺が例えあの二人の友達だったとしても、あの二人が犬猿の仲だとしたらそれは俺が二人に余計なことをしようとしてるってこと……か。それでも、俺は学校での侑の怯えた表情が頭から離れなかった。それにその後の電話もどう考えても俺へのSOSサインの気がしていた。
「俺の友達だから。だから、きっと仲いいよ」
「そう。じゃあ、姉さんから一つ忠告言っとくね」
「……うん」
「類は友を呼ぶ。似た者同士は自然と集まるんだから、あんたがして貰って嬉しいことを友達にしな。今、一番その二人を変えられるのは状況を分かってるのは隼一、あんただけだよ。人は関わりなくしたら終わっちゃうってこと忘れないで」
「分かった……。俺、頑張ってみる」
「ところで、隼一。体調は大丈夫?」
「……家で結構、寝たから、大丈夫みたい。バイクで風に当たったし」
「ふーん……。さ、着いたよ。病院。京くんの所に行くんでしょ?」
そう言いながら、姉さんは侑の親父が経営している病院の広い敷地に入りバイクを止めた。
「……うん。って、なんで京のいる病院が分かったの?」
「さっき学校まであたしが隼一を回収しに行った時、そこで侑くんが話してる声を聞いただけよ」
姉さんは早く降りてと手をひらひらさせてそう言った。相変わらず、姉さんの周囲の注意力と記憶力には驚かされるな。おかげで俺はここまで来れたんだ。あとは京の話を聞かないと。
……
俺は病院の受付に行って京について尋ねた。すると、思いも寄らない言葉がかえってきた。
「その方は今、面会謝絶ですので、お見舞いは遠慮していただけますか?」
「面会謝絶……?それは人違いじゃないですか?ただの熱中症のはずなんですけど」
「いいえ。もしかして、知らないんですか?その方……」
「ちょっと、身内でもない子にそんなこと話しちゃだめよ」
「あっ、すみません。そういうわけですので今はちょっと……」
隣の看護婦に注意された看護婦は苦笑いを浮かべながら申し訳なさそうに俺にそう言った。
「……分かりました」
俺は仕方なくそう言って、受付を離れるしかなかった。
『面会謝絶』
どう考えても、京はただの熱中症ではない。侑のあの驚き様はそのことを知っていたからだろうか。でなければ、熱中症であそこまで驚いたり怯えたりしない……よな。これは俺が物事を複雑に考え過ぎているのか?
……
受付を離れたものの、やっぱり京が気になる俺は逡巡していた。
ここまで来て何もなしに帰りたくない。でも、もう打つ手はないし、帰るしかないよな。
そうやって、病棟をフラフラしていると俺の襟がいきなり後ろへ引っ張られた。驚いて後ろを振り返ると息を切らせながら俺のことを睨んでいる侑がいた。
「お前、なんでここにいるんだよ!」
そして、声を潜めながらも怒りのこもった声で俺にそう問いかけてきた。
「なんで……?侑こそなんでいるんだよ」
「俺は付き添いでいただけだよ。京の両親、仕事で来れないし、京の姉ちゃんは音沙汰が取れないって言うし」
「あの姉さんが?どうして?」
「俺が知るわけないだろ」
「ごめん。あのさ、受付で聞いたんだけど、京、なんか重い病気なのか?」
「……あぁ。そうだよ。俺のせいだ」
「侑のせい?」
さっきは自分のせいじゃないって言っていたのに、今は小さな声で自分のせいだと言っている。俺にはもう何がなんだか分からなくなっていた。
「俺が京を記憶喪失にしたんだ」
そう言い放った侑の顔は怖いほど無表情だった。
俺は起き上がってゆっくりと辺りを周りを見回した。カーテンはぴっちり閉まっている。暑い夏でも滅多につくことのないエアコンがついていた。姉さんの勉強机には乱雑に鞄など教科書が散らばっていた。俺の勉強机には俺の鞄が置いてある。あーやっぱり俺の家だわ。
俺は京の看病をしている間にまた倒れてしまったのだろう。そういえば、京はどうなったんだ?ちゃんと病院には行ったんだろうか。
〜♪
その時、俺の勉強(しない)机の上で携帯の電子音が鳴り響いていた。
近寄って携帯を見ると表示されてる名前に俺は驚いた。そして、俺は恐る恐る携帯を耳にあてがった。
「もしもし。……どうした?侑」
「あ……えっと……隼一大丈夫か?」
「んーまぁ、そこそこ」
「そうか。……安静にしてろよ」
「うん。でも、もう充分寝たから大丈夫だと思うけどな。それより……京はどうなったんだ?」
「……あー……ただの、熱中症みたいだから大丈夫」
「俺と同じか。じゃあ、今は家にいるんだな?」
「……あ、いや……病院にいる」
「そんなにひどいのか……?」
「いや、そこまで深刻じゃないよ、多分」
侑が何かを言いあぐねて、適当に言葉を並べているような感じを俺はその時、直感的に受けた。表情が見えなくてもここまで感情は伝わってくるもんなんだな。
「病院ってお前の父さんのとこ?」
「さぁな」
「違うのか?」
「だったら、なんだよ」
侑の声色がいつの間にか怒った口調に変わり、さっき保健室の前で話していた時の侑を連想させた。
「あのさ、俺……さっきの保健室の前での会話、聞いたんだ。お前、京と何かあったのかなと思って」
「だとしたら、お前は何かするのか?」
恐る恐る疑問を口にしてみたが案の定、侑の声にさらに怒りが増していた。それでも、俺は言葉を続けた。
「いや、お前と口論する気はないんだけど。ただ二人の空気が悪いと俺が困る」
「……隼一の都合に合わせて仲良くなんて出来ない」
「仲良かったんじゃないのか?」
「……何も知らない奴が口出しするなよ」
「知らないから、聞いてるんだよ!」
「うるせぇ!お前には関係ないだろっ!」
「俺は侑とも京ともこれからも良いダチでいたいんだよ。お前らがそんなだと俺どう対応していいかわからないだろ」
「……どうせお前も俺らを天秤にかけるんだろ」
「え?」
「……なんでもねぇよ」
電話の向こう側で侑は苛立ちのこもった舌打ちをし、電話を切った。
俺はその場で呆然と固まった。
初めてだ。
脳で考えて話さないで感情のままに口から言葉を発したのは。
そして、その結果、話がこじれることも初めて知った。手に持ったままの携帯からはやけに遅い脈拍のリズムで刻む通話終了の音が延々と流れていた。
「つかれたー……って、隼一。あんた何してんの?寝てなきゃダメじゃん」
気付くと姉さんが部屋の入り口に立って俺のことを呆れ顔で見ていた。コンビニ帰りなのか両手にはビニール袋を下げていた。胸の見えそうな服と太ももが見える短パンを着ている。
「姉さん……また露出の高い服着て」
「ファッションなの。……てか、あんたは大人しく寝てな」
姉さんはそう言いながら俺の手から携帯を取り上げ、毛布をかぶせようとする。
「姉さん。俺、病院行きたいんだけど」
俺が必死に手を伸ばし携帯を取り返しながらそう言うと姉さんは驚きの表情で俺を見た。
「え……そこまで辛いの?それならそうと早く言ってよ。救急車呼ぶから」
「いや、姉さんのバイクで連れてって」
「いいけど。途中で倒れないでよ」
……
俺は姉さんと最近買い換えたという姉さんのバイクに乗って大病院に向かった。
横を通り抜ける風が涼しい。通り過ぎる景色は車なんかより速く見える。そういえば、こうして姉さんにバイクでどこかへ連れて行ってもらうのは久しぶりだ。
「もっとしがみつかないと落ちるよ」
「しがみついたら暑いだろ」
「この〜振り落とすよ?」
「うわぁ、やめろっ!」
「冗談。病人を落とす訳無いでしょ?」
「病人じゃなかったら落としてんのかよ」
姉さんは冗談でも振り落としそうだから怖い。実際、前に一度落とされそうになった。その時は間一髪で助かったけど。
「それにしても、あんた何かあったの?」
「え?」
「隼一。病院嫌いなのに、自分から行きたいなんて言うから」
急にそう言われ、俺はギクリとした。何かを察しられた?姉さんは前を向いていてヘルメットもしてるから表情は分からない。ただ単に心配してるだけか。
「何もないし、それは子供の頃の話だろ」
「今も十分、子供でしょ」
「……」
「気持ち的に大人になりたいのは分かるよ。あたしだって、そんな時あったからさ。悩み多き中学生、一人で抱えても辛いよ?あたしに打ち明けてご覧よ」
姉さんの口調は軽くても決して不真面目に聞こうとしているわけではない気がして、俺は気がつくと言葉が口からついて出てきていた。
「実は……京と侑が……言い合いしてるのを聞いたんだ。二人、ずっと前から何かでもめてるみたいでさ……。でも俺、何もできなくて。というか、なにかしていいのかって思って。そんな時に京が倒れたから、なんか色々タイミング合いすぎて不安で仕方ないんだ」
「そっか……」
俺の伝えたかったことを理解してくれたのか分からないけれど、姉さんは少し何かを考えている様子だった。
「一応、聞くけどその二人は昔は仲良かったの?」
「……え」
思えばあの二人は幼馴染みというだけで仲がいいとか悪いとかは知らない。俺が例えあの二人の友達だったとしても、あの二人が犬猿の仲だとしたらそれは俺が二人に余計なことをしようとしてるってこと……か。それでも、俺は学校での侑の怯えた表情が頭から離れなかった。それにその後の電話もどう考えても俺へのSOSサインの気がしていた。
「俺の友達だから。だから、きっと仲いいよ」
「そう。じゃあ、姉さんから一つ忠告言っとくね」
「……うん」
「類は友を呼ぶ。似た者同士は自然と集まるんだから、あんたがして貰って嬉しいことを友達にしな。今、一番その二人を変えられるのは状況を分かってるのは隼一、あんただけだよ。人は関わりなくしたら終わっちゃうってこと忘れないで」
「分かった……。俺、頑張ってみる」
「ところで、隼一。体調は大丈夫?」
「……家で結構、寝たから、大丈夫みたい。バイクで風に当たったし」
「ふーん……。さ、着いたよ。病院。京くんの所に行くんでしょ?」
そう言いながら、姉さんは侑の親父が経営している病院の広い敷地に入りバイクを止めた。
「……うん。って、なんで京のいる病院が分かったの?」
「さっき学校まであたしが隼一を回収しに行った時、そこで侑くんが話してる声を聞いただけよ」
姉さんは早く降りてと手をひらひらさせてそう言った。相変わらず、姉さんの周囲の注意力と記憶力には驚かされるな。おかげで俺はここまで来れたんだ。あとは京の話を聞かないと。
……
俺は病院の受付に行って京について尋ねた。すると、思いも寄らない言葉がかえってきた。
「その方は今、面会謝絶ですので、お見舞いは遠慮していただけますか?」
「面会謝絶……?それは人違いじゃないですか?ただの熱中症のはずなんですけど」
「いいえ。もしかして、知らないんですか?その方……」
「ちょっと、身内でもない子にそんなこと話しちゃだめよ」
「あっ、すみません。そういうわけですので今はちょっと……」
隣の看護婦に注意された看護婦は苦笑いを浮かべながら申し訳なさそうに俺にそう言った。
「……分かりました」
俺は仕方なくそう言って、受付を離れるしかなかった。
『面会謝絶』
どう考えても、京はただの熱中症ではない。侑のあの驚き様はそのことを知っていたからだろうか。でなければ、熱中症であそこまで驚いたり怯えたりしない……よな。これは俺が物事を複雑に考え過ぎているのか?
……
受付を離れたものの、やっぱり京が気になる俺は逡巡していた。
ここまで来て何もなしに帰りたくない。でも、もう打つ手はないし、帰るしかないよな。
そうやって、病棟をフラフラしていると俺の襟がいきなり後ろへ引っ張られた。驚いて後ろを振り返ると息を切らせながら俺のことを睨んでいる侑がいた。
「お前、なんでここにいるんだよ!」
そして、声を潜めながらも怒りのこもった声で俺にそう問いかけてきた。
「なんで……?侑こそなんでいるんだよ」
「俺は付き添いでいただけだよ。京の両親、仕事で来れないし、京の姉ちゃんは音沙汰が取れないって言うし」
「あの姉さんが?どうして?」
「俺が知るわけないだろ」
「ごめん。あのさ、受付で聞いたんだけど、京、なんか重い病気なのか?」
「……あぁ。そうだよ。俺のせいだ」
「侑のせい?」
さっきは自分のせいじゃないって言っていたのに、今は小さな声で自分のせいだと言っている。俺にはもう何がなんだか分からなくなっていた。
「俺が京を記憶喪失にしたんだ」
そう言い放った侑の顔は怖いほど無表情だった。