御劔 光の風3
囁くように呟いた言葉は何故か響き渡った。思わず自分の耳を疑い、何人かが顔を上げた。今の声はいったい誰だと。

しかしさっきから変わらない冷たい表情のサルスを見ると認めずにはいられない。完全に見下した態度は近寄るものを許さなかった。目を合わせるだけで咎められそうな恐さが滲み出ている。

今まで見てきていたサルスからは考えられない姿に周りの人間は息を飲んで見守った。

何か良くないことがこれから目の前で起こるかもしれない、そんな嫌な予感を抱えながら動けずにいる。

しかし何かの拍子にサルスは態勢を崩し、支えを求めてタルッシュの眠るベッドに手をついた。

「殿下!?」

近くにいた兵士が様子を伺いに近付き手を差し伸べるが手をかざす事で兵士の動きを止める。反射的に身体が動いてしまった兵士だったが、気を悪くさせたかもしれないと先ほどのサルスの様子を思い出して身を固くした。

「も、申し訳…。」

謝罪の言葉を出そうとした時に彼の中の嫌な予感は泡の様に消えていく。

「悪い。心配無いから。」

表情こそよく見えないものの、声は聴きなれたいつもの穏やかなものだったのだ。目が眩んだのかサルスは空いている方の手で目元を覆って長い息を吐く。

「それでは重傷患者を含め、ほぼ全員が回復したという事だな。」

「はい。体力の回復を待ってみないと正確には言えませんが、おそらくそうであろうかと思われます。」

兵士は遠慮がちにサルスの問いに答えた。そうか、と呟き顔を上げた時にはいつものサルスに戻っていた。しかし顔色は悪い。

「殿下…少しお休みになられた方が。」

思わず兵士の口から心配の声が漏れた。サルスの視線は自然と兵士に向くが、その瞬間兵士は言葉を詰まらせ頭を下げる。さっきまでの印象が強すぎて恐怖感が彼を縛ってしまったのだ。

「ご無礼をお許し下さい!」

兵士が必死に謝る姿は周りには理解できた。もし自分がその立場なら同じ事をしただろう。寸分のミスもズレも無駄も許さない、隙の無い恐さがさっきまでのサルスにあったのだ。

サルスが少し動くだけでも脅えるくらいに空気が違っていた。現に身体を起こして深呼吸をした今でも何が起こるか分からない恐怖を感じている。

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