君の『好き』【完】
武道館へ走り出す、髪の短くなった鈴の後ろ姿を見つめた。
幸せになれよ……鈴......
俺は鈴を見つめるのをやめ、空を見上げて大きく深呼吸した。
「なに深―いため息ついてんの!」
バシっと背中を叩かれて、驚きながら隣を見ると、
愛莉が立っていた。
今日の愛莉は化粧が濃い。
「なんだよ、いきなり叩くなよ」
ははっと笑うと、愛莉は腕を組んで俺の顔を覗き込んだ。
「てっきり私と別れた後、
あの子と付き合ったとばかり思ってたんだけど違うの?
瞬、振られたの?」
眉間にシワを寄せている愛莉に、俺は深く頷いた。
「振られたよ。俺はもうほんと、女なんかいらねー。
バスケに生きる。ははっ」
大げさに笑うと、愛莉は腕を組むのをやめて下を向いた。
「ごめん……瞬。私のせいだよね」
俺は自分の髪をくしゃくしゃっとかいた。
「愛莉のせいじゃねぇって。気にすんな。
あぁ、俺もう部活行かねぇーと時間やばいわ。愛莉は?」
愛莉はゆっくりと顔を上げた。
「私……クラスの男子と駅で待ち合わせしていて......
瞬、私さ……もう新しい恋をしてもいいのかな」
愛莉……
「当たり前だろ。類は愛莉の幸せを一番に願っている。
あいつはそういう奴だって、愛莉もわかってるだろ」
愛莉は唇をぎゅっと噛み締めた。
「頑張れよ、愛莉」
愛莉は、泣きそうな顔で「うん」とうなづいた。
「じゃあ俺、急ぐから、じゃあな」
俺はバッグの肩紐を掴んで駅の中へと走り出した。
駅を超え、学校へと走っていると携帯が鳴り、走る速度を緩めて携帯に出た。
「もしもし」
【瞬?】
「なんだよ母さん、俺急いでるんだけど」
【お昼ご飯は家で食べるの?】
「昼?あぁ、家で食べるよ。なんだよ、そんなこと?」
【そんなことって、用意する方からしたら重要なことなのよ!】
「はいはい、わかったわかった」
【久しぶりにパンでも焼こうかなと思って】
「パン?」
俺は走るのをやめて、ゆっくりと歩き出した。
【瞬の好きなカレーパン、いっぱい作ってお父さんと待っているからね】
カレーパン…….
カレーパンが好きな俺。
メロンパンが好きな類。
「メロンパンも作ってよ」
【瞬……そうね。わかった】
「ありがとう、母さん。楽しみにしてるよ」
携帯を切り、
小さい頃に食べたカレーパンの味を思い出しながら、
また俺は走り出した。
【瞬 side end 】