君の『好き』【完】
何も話さず、家まで歩いた。
愛莉の家の前に着くと、
また愛莉が泣き出した。
情緒不安定になってんな......愛莉。
「明日は会える?」
俺は思わずため息をついてしまった。
「明日は、一日用事があるから」
「じゃあ、明後日は?」
「......用事があるから」
愛莉は、手で涙を拭っていた。
「じゃあな」
泣いている愛莉にそう言うと、
「瞬を好きになるから.....」
また、気持ちをぶつけられた。
一度は好きになった女だから、
気持ちをぶつけられると複雑な気持ちになる。
でも俺は今.......
俺はそのまま、向きを変えて、
自分の家の門を開け、玄関へと入った。
リビングに入ると、
リビングにつながっている和室で、
ぼんやりと座っている母さんが見えた。
和室にいる、類。
母さんは、類の前でぼんやりすることが増えた。
「ただいま」
母さんに声をかけると、
「おかえり、類......あ、ごめん瞬」
そう言って、母さんは目をこすりながら立ち上がった。
まただ。
母さんは、類がいなくなってから、俺を類と呼び間違えるようになった。
類が生きている頃は、そんなこと一度もなかった。
双子だけど、母さんが間違えたことはなかった。
でも、最近はこんなことばかりだ。
「ココア飲む?」
「あぁ、うん飲むよ」
俺は、リビングのソファーに座った。
しばらくすると、母さんはココアの入ったマグカップを持ってきて、
俺の前にあるローテーブルの上に置いた。
最近、母さんはよくココアを俺に飲ませようとする。
俺は正直、あまりココアが好きじゃない。
それに、今は9月だし、そんな季節でもない。
それなのに、母さんはココアを入れる。
類の好きなココアを、
類のマグカップに入れて。
「ありがとう、母さん」
甘ったるいココアを飲んでいる俺を、
母さんが目を潤ませながら見つめていた。
類を思い出しているんだ。
類が死んでから、食器は全部類の物を出されるようになった。
類の箸
類の茶碗
母さんも、愛莉と同じだ。
俺を類の代わりとして見るしか、
立ち直れないんだ。
俺は、
俺は.......誰なんだ。
俺は、どうしたらいいんだ.......
俺だって、類がいなくなって悲しいのに、
こんなことされたら、俺だって.......
じっと見つめる母さんの目をそらして、ココアを飲み干した。
「ごちそうさま」
俺はソファーから立ち上がって、リビングから出ようとした。
「類.......」
そう呼ばれて、ドアノブを掴んだまま振り向いた。
「母さん、俺は瞬だよ」
それだけ言って、ドアを開けリビングを後にした。
+++瞬 side end+++