ときめきに死す
「じゃあわたし、そろそろお暇するわ」
音もなく縁は立ち上がった。長いスカートの裾がふわりと揺れる。左手に日傘を携え、手提げの付いた紙袋の代わりに翡翠書房の紙袋を大事そうに胸の前で抱えている。胸の奥が柔く疼いた。
「お茶、ご馳走さま。とっても美味しかった」
「どういたしまして」
「次のおやつも期待してる」
「はは、期待に応えられるよう頑張るよ」
どちらともなく笑みが溢れ、くつくつと笑い合う。そして緩やかに収束し、静寂が降り注ぐ。
「じゃあ、またね」
「うん、また」
控えめな跫を立てながら、ドアに足を進める少女。かららんとドアベルが鳴ると同時に、夏の風が吹き込む。色素の薄い長い髪が、風に揺れた。
「加賀美くん」
背を向けていた筈の縁が、私に呼び掛ける。
「プレゼント、宝物にする。だから加賀美くんも、大切にしてね」
少女と女性の中間の貌をして、彼女は云った。
小さな笑みを残して、夏の陽射しの下へ駆けて行った。