ときめきに死す

 どうして分島が私の名前を。
 なんの関わりもないのに、親愛とは一体。
 どういうことだ?

 それに、この文字……

 線の細く、美しい字体。
 これは、女性の筆によるものではないのか。

 不意に、彼女の言葉を思い出した。

 ――ちょっとの間、来られなくなるの。
 ――締め切りがね……。

 締め切り、とは。

 そして、彼女が再びこの店にやって来たのはきっかり三ヶ月後。

 速筆で知られる分島なら、入稿から三ヶ月で製本から出版まで訳ない筈だ。

 ――わたしが特別なお得意様だから、かな。

 著者には当然、その本は贈られただろう。

「…………まさか、な」

 思い過ごしに違いない。
 椅子に深く腰掛け直し、背凭れに身体を預ける。
 天窓から、傾き掛けた陽光が注いでいる。

 眩しさに一瞬、目が眩んだ。



(20140305)
< 40 / 42 >

この作品をシェア

pagetop