ときめきに死す


 翡翠書房――私の店の屋号だ――は私の実家の増築部である。私が寝食を営む生活空間と密に接している。店のカウンターの、すぐ後ろの扉を開ければそこは流しだ。簡素な二口のコンロとシンクがあり、隅には冷蔵庫が、向かいの壁には食器棚がふた棹据えてある。
 私は食器棚からケーキ皿とティーセットを取り出し、闖入者をもてなす準備を始めた。
 湯を沸かし、ティーポットとカップを温める。紅茶に煩い縁のせいで、ゴールデンルールがすっかり身に付いてしまっている。
 茶葉を選ぼうと食器棚に向き直る。
 そして、はたと気付く。
 食器棚の一角を占める、紅茶の缶。
 アッサム、ルフナ、キャンディ。
 ニルギリ、ディンブラ、ヌワラエリア。
 私は平素、紅茶は飲まない。この紅茶たちは、全て彼女のために集めたものだ。気紛れにやって来る、猫のような少女のためだけに。
 キャンディの缶を手に取る。軽い。蓋を取ると、三分の二ほど減っていた。それだけ縁のために紅茶を淹れたということだ。

 私は、いつの間に――
 彼女にこんなに気を許していたのだろう。

 それだけではない。
 私は、彼女を、

 ……思考を無理矢理中断した。

 あり得ない。
 許される筈がない。
 私と彼女は一回りも離れている。
 それに彼女は、

 まだこどもだ。

 薬缶がぴいと音を立てたので、慌てて火を消した。

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