らすとうぃっしゅ
あれから私は会計を済ませ、彼と向かいのカフェに入った。
「いらっしゃい」
迎えてくれた店主は、ヒゲの生やした何処か上品な年配の男性だった。
「やあ、マスター」
「秋坊、珍しいなあ、彼女か?」
「あはは、そう見える?」
「違いますから」
「雪ノさんひどいよ」
「ふん」
彼は店主に二つ飲み物を頼むと、私をカウンターに座らせた。
「ねえマスター、ピアノ弾いていい?」
「ああ、久しぶりに聞かせてくれ」
「ありがと、ほら雪ノさん、楽譜、貸してみて」
「あ、うん」
私は楽譜を袋ごとわたした。
彼は楽譜を取り出しトントンッと角を揃え、店の奥のピアノに向かった。
立派なグランドピアノだった。
彼は蓋を開け、楽譜を置いて、椅子に腰掛けた。
彼は一呼吸おくと目を閉じた。
彼の指が動き出した。
以前のあの曲のアンサーソングということもあり、聞いたことあるような旋律だった。
しかし感じる感動は初めてだった。
彼が弾く音が心地よかった。
CDで聞いたどの音ともちがう、不思議な優しさをまとった音色だった。
すごい…素敵だ。
この人は、美しい人だとおもった。
フッと音が止んだ。
曲が終わったのだ。
「どう、だったかな?」
「すごい、綺麗…優しくて、切ない音……すごい、すごいよ…」
「はは、雪ノさん褒めすぎ」
そう言って彼は自分の頬を掻いた。
「はい、飲み物」
店主が暖かい飲み物をもってきた、ミルクティーだった。
「どうも」
「秋坊、おいとくぞ」
「うん、ありがとー」
彼はまた指を動かし始めた。
次に彼が引き出したのは、私のよく知った曲だった。
「あ…」
「ん?しってる?…歌える?」
ふっとかしが思い浮かぶ。
「〜愛しさの数だけ音をつむごう〜
いつか君に会えた時に〜 優しく笑いたいから〜
……………だったけ」
私は急に恥ずかしくなって、黙ってしまった。
「雪ノさんの声、綺麗だね。それに上手だ。」
「え、そうかな」
「うん、かなり」
「あ、ありがと」
戸惑いが隠せなかった、
そんな言葉を言われたのは初めてだったし
さっきまで面倒だ、気に入らないと思ってた人物を
もっとよく知りたいと思っている自分がいたから。
どうも彼、赤山 秋斗は私の調子をくるわせる。