愛の詩-もしも私が消えたとしても-
「桜島さん、最近の調子はどうですか?」
主治医の堤下先生が、探るような瞳で尋ねる。
揺れる心の奥を覗かれそうで怖くなって、古びた病院の床に目を向けた。

「特に、変わりはないのですけど、和花が最近怒りっぽいですね」

正確に言うと、和花が怒りっぽくなったのは、最近の話ではない。
愛が受験に失敗し、自宅浪人を余儀なくされた瞬間から、和花の怒りがおさまらないのだ。
勉強に熱意を持っている和花には、どうしても叶えたい夢があった。
受験に失敗したことで、夢が遠ざかり、和花のイライラが増してしまったのだ。
ただでさえ和花は短気だというのに。
受験に失敗した時の和花の動揺を思い出すと、愛の心も苦しくなった。

「そうですか。和花さんはイライラが募っているようですね。怒りに効果のある薬を処方しておきますか?」

愛はうつむき、口をつぐんだ。これ以上薬を増やされると、日中の眠気に勝てそうにない。
かと言って、和花の怒りがおさまらなければ、愛がとばっちりをくうことになる。

「薬が増えると、昼間眠くなるのですけど・・・」

「そうですねえ」

堤下先生が、カルテをめくり、処方箋の内容を確認し始める。

「薬は必要最低限に留めてあるのですけれど、眠気が気になるようでしたら、頓服を処方しておきますね。和花さんにも、頓服の薬が出ていることを伝えてくださいね」

ペンを走らせ、ミミズ文字をカルテの上に作り上げていく先生。
カルテには何が書かれているのか、愛には理解ができない。
わざとなのか、堤下先生の文字はミミズ状態で、解読が不可能なのだ。

「一週間後、また様子を聞かせて下さい」

カルテを閉じた堤下先生は、静かに席を立ち、カルテを看護師に手渡した。

「ありがとうございました」

愛は、一言お礼を残し、診察室を後にした。
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