ワーキングガールズ・クリスマス
だけど、これ以上近づいたら触れてしまいそうな距離に彼の唇。


互いの吐息がかかって熱い。


切れ長の瞳は濡れて光って、私を誘う。


何も言えず抵抗することも出来ないままでいると、彼がすっと目を閉じて、あと数センチしかない距離を詰め始めた。


このまま、キスしてしまえたら。


思わず私も目を閉じてしまいそうになったけれど、


「……やっぱりだめ。」


もうほとんど触れかけたところで、彼の胸を押した。


「……なんで?」


少し悲しさを含んだ、それでもまだ艶のある声で彼が問う。


「なんでって…だって課長は、」


彼女がいるはずでしょう?


今の体勢が後ろめたくて、私は最後の言葉を飲み込んだ。


……社内ではもっぱらの噂である、専務の娘さんとの婚約。


私が課長を意識し始めた時にはもうすでに広まっていて。


本当だったらどうしよう。


入社以来何度も呑みに行っている気心知れた間柄だというのに、そう思うだけで怖くなって今まで真実を確かめられなかった。


「専務がもってきた見合い話を気にしてる?」


ずばりそのままな答えを、彼があまりにもさらりと言ってのけるから、思わずはじかれたように顔を上げた。


「分かってるなら、どうして……」


震える声を絞り出した私。


< 8 / 37 >

この作品をシェア

pagetop