やくたたずの恋

　寝ぼけているのか、それとも、いい夢を見ているのか。恭平はいつもとは違う、表情を見せている。そよ風に体も心もくすぐられ、思わず綻ばせたような笑顔だ。
　この「おっさん」が、こんな顔を見せるなんて――面食らっている雛子の頬の上で、彼の指が動き出す。肌の感触を確かめるように、何度も何度も円を描く。しばらくすると、その手は頬から離れ、今度は彼女の手を握った。
　優しく力をこめる、彼の手。壊れやすいものを扱うようなその指先は、柔らかな羽毛の動きにも似ていた。ふわりと浮き上がらせ、雛子の手を持ち上げる。
　そして恭平は口元へと運び、その甲にそっと唇で触れた。
　大切で、愛しくって、誰にも渡せない。
　彼の唇は、その思いを雛子の手に伝える。
　だが、雛子は気づいていた。恭平のその思いは、決して自分に向けられたものではない、と。