やくたたずの恋

　恭平は目を閉じ、雛子の手に頬ずりする。短く刈り揃えられた髭が、痛みともくすぐりともつかない、細やかな感覚を生んだ。
　その彼の穏やかな表情に、あの写真に写っていた、彼の12年前の姿が重なっていく。しなやかな自信に溢れた若き日の彼。それが今、目の前にいる。
　だが恭平は、雛子を見てはいない。彼が見ているのは、影だ。美しくも眩しい影を視線で追いかけ、目を細めている。
　それでも彼の視線は、雛子の上にある。今の恭平にとっての雛子は、影を投射するスクリーンでしかない。このままでいれば、恭平の追い求める影が雛子の体を乗っ取るのではないか。そんな恐怖から、雛子が瞬きの回数を増やしていると、ちゅ、と音が鳴った。
　恭平の唇が、手の甲に吸いついている。生々しい唇の感触と唾液のぬめり。それに彼の吐息が混ざれば、雛子の手はいよいよ、雛子のものではなくなりそうだった。
　ぞっとして、雛子は思わず手を引っ込める。それと同時に、恭平が目を大きく見開いた。