やくたたずの恋
「分かったわ。お腹が空いてなくても、甘い飲み物なら入るでしょう? ココアをドアの前に置いていくから、飲んでちょうだい」
 コトン、と静かな音が鳴り、母のスリッパの音が遠ざかっていく。
 それが1階のリビングへと消えていく時間を計算しつつ、雛子はベッドから起き上がった。涙で顔に張りついた髪を指先で外しながら部屋を進み、ドアを開けた。
 ドアの横にはトレイがあり、その上にマグカップが載っていた。辺りにはあたたかそうな湯気と、甘い香りの粒子が飛び回っている。
 雛子はトレイごと取り上げると、ドアを閉め、再びベッドに向かう。そこに腰掛け、マグカップを両手で抱えた。
 何度か息を吹きかけて冷ましながら、ココアを飲む。とろんとした甘い液体が口に広がり、喉を通っていく。美味しい。涙と混じったせいで塩味が効き過ぎていたけれど、それでも十分美味しかった。
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