やくたたずの恋
 寝ぼけて「シホ」と言っていた時。そして、泣きわめく雛子を慰めてくれた時。恭平はどちらの時も、優しさを溢れさせていた。
 この人の中には、あの優しさが含まれているのだ。それをいつも自分へと向けてくれるようになれば、雛子は彼を好きになれるだろう。その可能性に、雛子は賭けたかったのだ。
 大丈夫。きっと恭平さんを、好きになれる。
 雛子は背伸びを止め、上目遣いで恭平に微笑んだ。ボブヘアに囲まれた顔が春の萌葱色に包まれ、彼女の周りにも広がっていく。
 ああ、これか、と恭平は思った。踊るような花々の香りを漂わせる、雛子の表情。これは確かに、春のものだ。それよりも、彼女自身が春なのだろう。
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