やくたたずの恋
 ミツバチの羽ばたきのリズムと同じ、志帆の靴音。それに似た、雛子の忙しない足音が聞こえれば、かつての志帆の声までもが蘇ってくる。
「ねぇ、待ってよ、恭平!」
 早足で歩くのがクセだった恭平の後を、いつも慌ててついてきた志帆。
「つかまえた!」
 後ろから恭平の腕を掴み、微笑んでいた志帆。切れた息を整えながら、ゆっくりと腕を絡ませる、あの柔らかな仕草。
 それを失わせたのは、誰なのか。
 いや、誰というのではない。皆が悪いのだ。恭平も、恭平の父も、志帆の父も、そしてあの男も。皆が加害者だ。そして、志帆は一つも悪くない。彼女は被害者なのだ。完全で、一分の狂いもない被害者だ。
 そして、この「ヒヨコ」も被害者だ。
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