やくたたずの恋

     * * *


 こういうシーンを、どこかで見たことがある。悦子はソファに座りながら、必死で思い出そうとした。
 あれだ、あれ。ドラマに出てくる、夫が妻の出産を待つシーンだ。分娩室の前で、うろうろと動き回る、あれだ。
 落ち着きのないハムスターのように、恭平はぐるぐると事務室の中を歩き回る。現在、134周目。一周当たりのタイムはだんだん短くなってきている。
 陸上選手ならばコーチに褒められるところだろうが、残念ながらこいつは、短距離選手でも中距離選手でもない。ただのまぬけな、情けない男なのだ。
「いい加減、落ち着きなさいよ」
 悦子が声を掛けても、恭平の足は止まらない。灰皿を持ち、咥えた煙草の灰を絶妙なタイミングでそれに落とし込みながら、左回りの周回を続けていた。
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