やくたたずの恋
「影山ちゃんはさぁ、他の男があのお嬢ちゃんに触れるのを嫌がってるだけなんじゃないの? 今朝だって、ヒヨコちゃんが敦也さんと話しているのを、ドブみたいな目で見てたしさー」
 停止。見えないストップウォッチが時を止め、恭平の足も止まる。
 反論もしない。誤魔化すこともできない。咥えた煙草から長く伸びた灰が零れ、カーペットに落ちる。
 それは、12年前の恭平の姿そのものだった。受け入れがたいものを、受け入れざるを得ない、無垢な表情。それは彼を一瞬で、あの頃の美しかった男へと変えていく。
 その時、陸上競技場と化していた事務室に、チャイムが鳴り響いた。
「ほら、お嬢ちゃんがお戻りじゃない?」
 悦子が立ち上がり、ドアへと歩き出す。だが、恭平がそれを追い抜いて、玄関へと走っていった。
 急いで鍵を外し、ドアを開ける。夜の中に沈んだ外気の中に、雛子が満面の笑みを湛えて立っていた。
「ただいま戻りました!」
< 222 / 464 >

この作品をシェア

pagetop