やくたたずの恋
19.おっさんは、心配性。(後編)
 シホ。その恭平の低い声が、月の光の中で零れ落ちる。
「どうして……」
 どうしてお前がここにいるのか。そう言ったかったのだろう。だがそれ以上は言えないまま、恭平は女へと視線を向けていた。自分より優位な肉食動物を目の当たりにした、草食動物のような眼差しで。
 獲物は動きもせず、そこにいる。女は余裕の表情で、ふふ、と笑う。
「どうして、って……私にここの合い鍵を渡したのは、あなたでしょう? この会社は、私のために作ったようなものだから、って」
 肩にかかるセミロングの髪を避けつつ、女は二人の下へと近づいていく。薔薇の気配を漂わせて滑るように歩けば、周りの空気までもが彼女の味方をしてしまう。
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