やくたたずの恋
 雛子はふと、自分の右手を見た。ここに恭平がキスをした時のことを、はっきりと覚えている。あの時、寝ぼけていた恭平は、数年に一度しか咲かない花を見て喜ぶかのように微笑んでいた。そしてその花を散らすまいと、そっと唇で触れていたではないか。
 その全ては、この人のためだったのだ。この人だと思って、恭平は自分へとあの美しい笑顔を見せたのだ。手にまき散らしたキスの数々も、全てこの女性に捧げたものなのだ。
 ぐるん。感じたことのない思いが、雛子の中で渦巻く。軽くぐるぐると回っていたものが、次第に重みを増していく。粘度の高いセメントを混ぜるがごとく、一つ一つの動きが重く、他の感情をも巻き込んで回り始めていた。
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