やくたたずの恋
「恭平さんは、志帆さんのことを好きなんですよね?」
 結婚すべき相手に尋ねることとは思えなかったが、訊かずにはいられなかった。その答えがどんなものであろうと受け止めようと、雛子は心臓に無理矢理毛を生えさせる。
「教えてください。志帆さんのことが好きなら好きと、教えてほしいんです!」
「……さぁな」
「誤魔化さないで!」
 恭平の顔を引き寄せながら、雛子は自らも恭平へと近づいた。彼女の持つ春の気配が、虫食った老木さえも若い樹木へと変えていく。そして花をつけたことのない枝にも、一気に満開の花を咲かせていくのだ。
 ああ、降参だ。完敗。もうこいつには、嘘はつき通せないのかも知れない。
 そんな予感に、恭平の心の奥にあるものがチリリ、と音を立てる。それは、脆いガラスでできた器だ。一度傷つけば粉々に砕け散ってしまう、美しく儚いものだ。
 それに触れることができるのは、志帆だけだ。そっと静かに、壊れる寸前の痛みを感じながら。器になみなみと注がれた悲しみの水面に、自分だけが映っているのを確信しているのだ。
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