やくたたずの恋
 その器を、誰にも見せたくはなかった。その存在を知っているのは、自分と志帆だけ。それで十分じゃないか。
 なのに、目の前にいる幼児体型の女は、その器を探し求めようとしている。勇敢な探検家のごとく、毒蛇やマングローブの密林をもものともせず、恭平の心の中へと入り込んできていた。
 その必死さが、頬にある彼女の手から伝わってくる。彼女の手の温もりまでもが恭平の気持ちを解し、宥めていく。
 この心地よさに縋れたら、どんなに幸せだろう。絆されるのを感じながら、恭平は口を開いた。
「志帆のことは、『好き』なんじゃない。正確に言うと、『好きだった』だ。昔の話だ」
 恭平は雛子の手を外し、顎で車窓の先を指し示した。
「もういいだろ? 志帆の家はここだ。さっさと降りろ」
< 252 / 464 >

この作品をシェア

pagetop