やくたたずの恋
 歩道側の窓の外には、大きな門構えの家が見えた。表札にはローマ字で「HOSHINO」と、志帆の名字が書かれている。
 雛子は「はい」と小さく返事をして、車を降りる。志帆の家へと足を進めようとした瞬間、さっきの恭平の言葉が頭を掠めた。
「『好き』じゃなく、『好きだった』」
 口に出して繰り返すと、その言葉が自分のものになる。他人事だった事実が、雛子の日常の一部として存在してしまうように。
 結婚しなくてはいけない相手に、好きな人がいる。それは十分ショックなことだ。だけど、現在進行形ではない、かつての想い人が彼に存在するということは、どうすればいいのだろうか?
 昔の女なのだから気にするな。大学時代の友人で、銀行に就職したサバサバ系のりっちゃんならそう言うだろう。
 でもそれって、今も忘れられない人ってことなんじゃないの? 中学からの親友で、長年付き合っている彼氏とラブラブな未央ちゃんは、そう言いそうだ。
 どっちが正しいのかな? もしかして、どっちも正しくないとか?
 せっかく恭平から気持ちを訊き出せたと言うのに、また迷宮入りだ。
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