やくたたずの恋

　きゅ、と車輪の音が鳴る。星野は雛子に背を見せ、机へと車椅子を向けていた。彼の視線の先にあるのは、机の上に置かれたフォトフレームだった。
　雛子は目を凝らし、フレームの中の写真を見た。それはどうやら、星野と志帆の結婚写真のようだ。
　志帆と星野の関係を知らない人が見れば、この写真は「新郎新婦」ではなく、「花嫁とその父」として見えるだろう。写真の中の星野は、今よりも10歳ほどは若そうではあるが、隣にいる花嫁姿の志帆とは滑稽なほどに不釣り合いだ。
　ウェディングドレスを着た志帆は、顔立ちは今よりもふっくらしていて、若々しさが溢れる、美しい花嫁だった。だがその表情は、人生の晴れ舞台を迎えた花嫁のものとは思えない。
　生贄として、地獄の帝王に捧げられた少女。自分の絶望を目の前に据えて、青ざめた彼女の顔は、隣で満面の笑みを湛える星野と、絶妙なコントラストを生み出していた。
「恭平くんだって、私をずっと恨んでいるはずなんだ」
　星野の声が聞こえ、雛子は視線を戻す。目の前の星野の背中が、ゆっくりと丸まっていくのを、雛子は見ていた。