やくたたずの恋
 志帆は雛子から顔を離すと、ゆっくりと微笑んだ。初めて会った時にも見た、欠けることのない月のような美しさで。
「恭平の所にいるってことは、あなたも影山興業の被害者なんでしょう?」
 被害者。それは恭平も言っていた言葉だ。被害者と加害者。恭平が加害者で、志帆が被害者だと。
「私も、そうなのよ。私も、影山興業の被害者なの。あなたと一緒よ」
 志帆は再び雛子の顔を覗き込み、視線を重ね合わせる。共に苦難の道を歩いてきた仲間であるかのような、親愛の情を浮かべて。
「私は星野の妻になって、ずっと苦しんできた。もうそろそろ、楽になりたいのよ。だから信じているの。いつか恭平が、私を自由にしてくれるって。恭平がずっと、私を好きでいてくれているって」
 恭平さんが、ずっと、志帆さんを、好き……。
 雛子は一言一言を噛みしめつつ、志帆の瞳を見ていた。
 今も志帆は、雛子の目には月のように映っている。黒く沈んだ夜の中で、どんな星も寄せつけず、一人で美しく輝く月だ。
 だがその月は、恭平という太陽が輝くのを待っている。太陽の光の強さで、自分の身が消えてしまうことも構わずに。
 それを知ってしまえば、雛子の身は、輝くことも知らない小さな星屑と化してしまうのだ。
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