やくたたずの恋
「わざわざ恭平と結婚しなくても、僕の父の力を借りれば、その借金も肩代わりすることができる」
「い、いえ、あの……そうじゃなくてですね……」
「それに、恭平は君と結婚するつもりはない、と言っていたよ。そして、影山の家に戻るつもりもない、って」
 爽やかな敦也の表情と、口振り。それが意外にも、主張を人に押しつけるものであることに、雛子は気がついた。
 敦也と一緒にいれば、彼の穏和な雰囲気に包まれ、清々しい香りが漂う。結局それは、潜んだ悪臭を消し去るための、狡猾で、周到な罠である気がしてしまうのだ。
 その証拠に、目の前の敦也は、いつもと変わらずに甘い顔を綻ばせているが、体は暗い夜の中へと染み込んでいた。
「あいつが影山の家に戻るとなれば、志帆ちゃんとの一件を葬り去ることになる。恭平には、それができない。つまり、君とは結婚しない、ということだ」
 一気に言葉を吐き出した後、敦也はふぅ、と息をついた。そして夜の闇を漕ぎ、雛子へと近づいていく。
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