やくたたずの恋
「だから、僕じゃダメかな?」
 お互いの靴先がぶつかり合う距離になった時、敦也は両手で雛子の体を抱き寄せた。波がさらうような、自然な動き。それに乗せられれば、雛子の体は彼へと張りついていくだけだ。
 だが、何の感慨もない。呼吸による胸の上下と、規則正しい鼓動。そんな生理的な反応だけが、雛子の体を動かす。
 この行為になんて、愛情も何もない。ただ敦也の腕の中にいる。それだけだ。満員電車で見知らぬ人と体を合わせ、もみくちゃになっているのと、何ら変わりはない。
 恭平に抱き締められた時は、感情が忙しかったのに。嫌だったり、嬉しかったり。様々な気持ちから心の映像が乱れ、砂嵐が起こっていたと言うのに。
 ねぇ、おっさん。これってどういうことなのかな? 敦也さんの方が、おっさんよりずっとずーっと素敵なのに……。
「貧乳が生意気に、プロポーズされてんじゃねーぞ」
 そんな恭平の言葉が聞こえ、鼻先には煙草の匂いが漂う。
 お願い、そう言ってよ。いつもみたいに私をからかって、この状況をどうにかしてよ、おっさん!
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