やくたたずの恋
 雛子は心も体も動かすことなく、敦也の腕に包まれていた。その力が不意に解かれ、敦也の体が離れる。無意味な圧迫感から逃れられたことにほっとしていると、別の何かが近づいてきた。
 視線を上げ、それを捉える。敦也の顔がこちらへと迫り、雛子の唇を目指して降りてきていた。
 や……やだ! 何なのこれ!
 これは、100年も眠った姫君を起こすキスではない。逆だ。ここでキスをされてしまえば、永遠の眠りについてしまうだろう。そしてきっと、後には戻れなくなる。
 その「後」って何? どこに戻れなくなると言うの?
 混乱する雛子の頭が選んだ反応。それは、敦也のキスへの拒絶だった。
「ご、ごめんなさい!」
 雛子は両手を伸ばし、敦也の顔を押さえ込む。敦也の顔は、取り外せない仮面と化した雛子の両手で、隠されてしまっていた。
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