やくたたずの恋
「泣き止めよ。泣き過ぎると、貧乳が更に萎むぞ」
 雛子の頭を、伸ばした手で撫でる。軽口を叩いているくせに、その手の動きは優しく、雛子の心の隅々までも癒していく。
「敦也の予約は、今後お前に入れるつもりはない。だから、安心しろ」
「違うんです!」
 雛子は大きく首を振り、プリズムのような涙を湛えた目を恭平に向けた。
「敦也さんのことなんて、どうでもいいんです! 私……やっと……やっと、気づいたんです!」
 どうして今まで、気づかなかったのだろう。この人はいつも私を心配して、励ましてくれていたと言うのに。
 恭平の顔を見つめ、雛子は思っていた。この人は、いや、この人こそが、王子様じゃないか、と。煙草の煙と戯れ言を纏い、ずっとおっさんを演じてきた、正真正銘の王子様だ。
 だからこそ、彼に抱き締められても、キスをされても、嫌じゃなかったのだ。彼の唇や指の動きが、全て雛子の目覚めに繋がっていたではないか。
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