やくたたずの恋
 煙草を口から外し、恭平は大きく息を吐き出した。そしてゆっくりと首を曲げ、雛子を見る。
「だから、お前とは結婚できない。幸せが目の前に転がっていても、それを手に取ることは、俺には許されない。……ごめんな」
 彼は、自分を責めていた。王子である姿をおっさんに変え、全てを捨てて生きることで、志帆に償おうとしている。
 だが、雛子にとっては、恭平は王子様だ。おっさんながらも王子様なのだ。一度気づいた事実は、雛子の心の中で翻ることはない。 
「……今、『幸せ』って言いました?」
 雛子の声で、黒い車内にひびが入る。その裂け目からは、ほのかな春の気配が見えていた。
 そして、恭平に見えていたはずの志帆の姿は、消えてしまっていた。
「は? 何のことだ?」
 恭平は消えた志帆を探し、きょろきょろと首を動かす。そのミツバチのような視線の動きを止めようと、雛子は微笑み、レンゲの花を咲き誇らせた。
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