やくたたずの恋
 誓いを立て、自信の雰囲気を纏う雛子を、恭平は呆れたように見ていた。
 苦手だった。こういうポジティブさも、前向きな感じも。少女漫画の主人公じゃあるまいし。
 だがその気持ちは、渇望の裏返しだ。そんな明るさを求めているからこそ、嫌いなのだ。手の届かないぶどうを、酸っぱいと思いこんだ愚かな狐のように。
 かつて志帆が持っていた明るさと華やかさを、雛子は持っている。だからと言って、彼女が志帆の代わりになるはずもない。
 だからこそ、彼女を求めない。だからこそ、彼女を突き放さなくては。
 逃げたい、と恭平は思っていた。甘く纏わりつく春のオーラを持つ、このヒヨコから逃げなくては。
 だが、絡め取られてしまう。恭平の目の前に暗闇の中から手が出てきて、頬を包み込んだのだ。それは雛子の手で、恭平の顔が音もなく彼女の近くへと引き寄せられていく。
「……逃げないでくださいね」
 恥ずかしそうに呟くと、雛子は恭平にそっとキスをした。唇を付けるだけの幼稚なキスだ。
 煙草の匂い、そして、いつも恭平から漂っている夜の匂い。それらが混じり合い、唇の熱で溶けていく。
 これの感触を、自分だけのものにしたい。こんな気持ちが、恋なのかも。
 雛子はそう思いながら、恭平の匂いを大きく吸い込んだ。
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