やくたたずの恋
「『花のワルツ』を聞いてらっしゃったんですか?」
「ああ。これを聞くとね、あの日を思い出せるからね」
「あの日って、志帆さんと出会った、OB会の日のことですか?」
 星野は微笑んだままで、ゆったりと頷く。彼にだけ見えているその時の風景を、流れるメロディに乗せ、楽しんでいるようだった。
「あの……よろしかったら、志帆さんと出会った時のことを教えていただけませんか?」
 雛子が尋ねたのは、興味半分からだ。そして残りの半分は、恭平と志帆の不幸の始まりを聞いておかなくては、という義務感で占められている。
「こんな年寄りの話など、聞いても楽しくないだろう?」
「いいえ! ぜひ、教えてください。そうじゃないと……」
 そうじゃないと、志帆さんを幸せにする方法も見つからない気がして……。
 雛子はすんでのところで、言葉の続きを飲み込む。ごくん、と音がしそうなほどの息の吸い込み。そんな様子に目を細めると、星野は大きく息を吐き出し、過去への時間旅行のために視線を前へと向けた。
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