やくたたずの恋
「……OB会で志帆を初めて見た時、本当に美しい女性だと思った。明るくて、華やかで、彼女一人だけが白く輝いて見えたんだ。前の妻を亡くしたばかりだったし、年甲斐もなく若い女の子に心をときめかせるなど、どうかと思ったがね」
 照れの感情から、星野は頬を匂い立つ色に染める。初恋に浮かれる少年のような、可愛らしい表情だ。
「まるで春の精のように、あたたかい光を放つ志帆を見て、いてもたってもいられず、私は彼女にダンスを申し込んだんだ。だが、あっさりと断られてしまった。『今日は好きな人と踊るつもりだから』と、志帆は言ってね」
 その「好きな人」とは、恭平のことなのだろう。雛子の小さな胸がちくんと痛む。その傷口を、スピーカーから聞こえるフルートの音色がくすぐった。
「そして志帆は、髪に挿していた花を一本取って、私の胸ポケットに挿してくれた。『どうぞ良いお相手が見つかりますように』と、微笑んでね。その時、恐ろしい衝撃が走ったんだ。雷がいくつも落ち、心が震え、全身が熱い何かで溢れてくる……。そうしたら、もう志帆しか見えなくなってしまった。あれが……恋に落ちるということなのかなぁ」
 分かります、その気持ち。雛子は声に出さずに同意していた。
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