やくたたずの恋
 思い出に浸るのではなく、今の志帆を見つめるべきだ。冷たい月となってしまった彼女に、本当の愛のメロディを聞かせてあげなくては。
「あの、星野さん」
 遠慮がちに開いた口から、雛子は星野へと呼び掛けた。
「よかったら、ダンスの練習をしませんか?」
「ダンス? ……この私が?」
 星野は自らを乗せた車椅子に目を向ける。それは「車椅子でダンスは無理」と、無言のままに語っていた。その諦めを覆い被すように、雛子は希望の光を放っていく。
「ほら、前に言いましたよね? 私の祖父が車椅子での生活になっても、ダンスをしたいって意気込んでいたって! 私は時々、そんな祖父のダンスの練習相手になっていたんです」
 動かない手をパートナーの女性に持ってもらい、自由になる手で車椅子を動かす。それは傍から見れば、ダンスというものには程遠いものだろう。
 でもそれは確かに、ダンスなのだ。相手を支え、相手の動きやテンポに合わせる。そんなダンスの一番大切な部分を、しっかりと持っているものだから。
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