やくたたずの恋
30.ワルツは、あなたと。(中編)
 雛子が掴む星野の掌に、汗が滲み始める。それだけではない。彼の額にも、汗が不揃いな水玉模様を描き出していた。
 無理もない。かれこれ一時間ほどは踊り続けているのだ。雛子は星野の手を置き、窓際のレコードプレイヤーへと駆け寄った。トーンアームを持ち上げ、『花のワルツ』を流し続けていた針を休める。
「お疲れになりました?」
 振り返り尋ねる雛子に、星野は「いや、大丈夫だよ」と首を振った。車椅子をデスクの前へと進め、その上にあったタオルで額を拭う。
「それにしても、すまないね。私のために毎日、ダンスの練習に付き合ってくれるなど」
「い、いえ!」
 車椅子でのダンスの練習をしよう、と提案したあの日から、雛子は連日のように星野の下を訪れていた。
 元々星野にはダンスの心得があったこともあり、教えることは難しくはない。それに、志帆と踊りたい、という強い意志が、彼を上達の道へと導いていた。
「こうして練習して、車椅子でのダンスをマスターした暁には、志帆が私と踊ることを了承してくれるといいんだけどなぁ」
 デスクの上に用意されていたスポーツドリンクを飲み、はぁ、と星野は息をつく。一緒に吐き出された不安な気持ちが、雛子にも伝わってきた。
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