やくたたずの恋
* * *
「最近は随分と、星野が楽しそうにしているわね」
ダンスの練習を開始して、一週間ほど経ったある日。その帰りに、志帆が玄関で雛子を引き留めた。
「あ、はい……。星野さんとダンスの練習をしているものですから……」
雛子が恐縮しつつ答えると、志帆は一瞬、眉を顰めた。ダンス、という一言に引っかかったのだろうが、すぐさま表情を戻していく。
「まぁ……何にせよ、あなたと主人の仲がいいのは、悪いことではないわ」
志帆はいまだに、雛子が星野を誘惑することを願っているのだろう。だが現在、雛子が星野と行っているダンスの練習は、その真逆の行為だというのに。
星野はひたすら、志帆を愛している。その想いを彼女に伝える行為としてのダンスを、彼は必死で練習しているのだ。
そんな星野が、志帆以外の誰にも、誘惑などされるはずもない。この紛れもない事実を、志帆は知らないのだ。いや、知っているのだろう。だが、彼女にそれを受け取る意志がないだけだ。
志帆と星野が結婚した経緯を考えれば、意固地になるのも分からない訳ではない。それでも、彼女が孤独の道を歩むことだけは、止めさせてあげたかった。